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(あらァ、すごいところに出くわしちゃったかも)
坂林民子は、届いていた落とし物を受け取ったらすぐに帰るつもりだった。
隣の受付で若い夫婦が必死に訴えている。
子供が戻ってこない。思い当たるところ全てを探したが見つからない。
家から一番近いこの警察署に、直接話しに来たらしい。
母親らしき女性は半泣きで、父親らしき男性は受付の対応に少々声を荒げている。周りの目など気にしてはいられないのだろう。
しばらく待つように言われ、女性は沈み込むように、傍にあったイスに腰を下ろした。
(あら~旦那様おかんむりねぇ。離れて座っちゃったわ‥‥‥)
民子はわざわざ女性が座った座席近くの自販機まで行き、財布を取り出すふりをしながら身を屈めた。
ここからなら顔が見られる。
「おばちゃん」
ぎくりとして振り返ると、ふんわりした髪を肩までたらした小さな女の子がいた。
さすがにきまりが悪く、民子は目いっぱい優しい表情でなあに? と話しかける。
「あそこで泣いてる人を見て、どうして笑っているの?」
子供の声は良く通る。
その場に居合わせた人が驚いて民子を見た。
すぐに言葉が出てこない。
自分は今、とんでもない人間として周りの視線に晒されているだろう。
もし誰かに動画でも撮られたら‥‥‥
「お‥‥‥おばちゃん、別に笑ってないんだけど」
「うそだぁ! ニヤニヤしながらあの女の人の顔、覗き込もうとしてたじゃん‼」
全員がこちらを見た。
あの女性は目に涙をため、信じられないと言った顔をしている。
(この子の親は何やってんのよ‼)
汗びっしょりになりながら、民子は女の子に背を向けた。
出口にたどり着き、こじ開けるように自動ドアに身体を押し込む。
外は塗り潰されたように真っ暗だった。
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