晦冥ーその二ー

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晦冥ーその二ー

 (くそっ! どの辺だここ) 男は闇の中で毒づいた。 マンションの三階に、いったいどうやったらこんな穴が()くんだよ。 不可解な恐怖心が頭をもたげる。 (どこなんだよっここはっ!) 何も見えず、向かっている方向もわからない。 (さっきから何も変わらねぇじゃねぇかっ) 雄黄(ゆうおう)の父は息を吐き出し、座った。 凄まじい睡魔が襲ってくる。 と、不意に目の端に光が(うつ)った。 どこの隙間から漏れているのか、それは一瞬。 まるで白い針のように細いものだったが、慌てて起き上がり、飛び付いた。 手探りで光の枠を叩く。 (ここかっ!?) 平たいドアの感触、ドアノブを探り当て、捻り、中へ飛び込む。 まるで約束事のように、その身体は跳ね返された。 熱を持ち、じんじんと痛む額と尻をさすりながら男は呻いて立ち上がる。 開いたドアの向こうには、とても洗練されたリビングがあった。 とても美しく、洗練されたスクリーンが。 冗談にしてはあまりに悪趣味だと思った。 怒りにまかせて叫びながら蹴りつける。人が入って来た。 (え、絵美子!?) 死んだはずの妻が、テーブル越しに高校生くらいの男の子と話を始める。 やがてもう一人、ティーカップを盆に載せた同じくらいの男の子が現れた。 面差しに見覚えがあった。 (ゆう‥‥‥おう) あり得ない。自分は飲まず喰わずで何年ここにいたというのだろう。 三人は一度もこちらを向かない。 「開けろよっ! おいっ! おおいっ!」 調またドアを蹴った。三人はこちらを見ない。 「ぶん殴るぞてめぇっ!」 男は壁(?)に体当たりした。三人はやはりこちらを見ない。 聞こえない振りをしているようには見えなかった。 夫の怒鳴り声を延々と無視し続けられるほど、妻が強い女でないこともわかっていた。 (ま!? 待てよっ‼ 冗談じゃねぇよ) リビングの灯りが少しずつ落ちていく。舞台の場面が変わる時のあの光景によく似ていた。 「絵美子ぉっ雄黄ぉっ、悪かった! 俺が悪かった! 頼む開けてくれ、俺を思いっきり殴ってくれっ! 土下座でも何でもする、頼む! 頼むおいぃ 入れてくれーーーーーっ」 暗転。 男を押しのけるようにドアは閉まった。 何度もドアをたたく。 何度も、何度も、何度も。 手が腫れ上がり、ドアノブはごろりと外れ、転がった。 這いつくばって拾い上げ、震える手で取り付ける。 ドアノブは二度と回らなかった。
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