都市伝説ーとしでんせつー

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 もう一度だけ、もう一度だけと民子は携帯を見る。 何度繰り返したかわからなくなった。 疲れた‥‥‥。 夢の中で家に帰り、目覚めては落胆する。 (何でもいい。誰でもいい。ごめんなさい。ごめんなさい。助けて) 家に帰りたい。 見えない地面に涙が落ちる。携帯が光った気がした。跳ね起き、食い入るように見つめると画面に息子が映っていた! 「もしもしっ! もしもしっ? 聞こえるっ? 母さんよ!」 「おふくろ、元気か?」 息子がのんびりと言う。 「俺達も元気にやってるよ」 息子が嫁と寄り添い、微笑む。 「もしもしっ今母さん大変なのっ! もしもし!」 愛らしい男の子が、二人の間から顔をのぞかせる。 「もう二歳になったんですよ」 嫁が孫を抱え、こちらに近づけた。 「ねぇ聞こえてるっ!? 助けてっ! 警察署で穴かなんかに落ちちゃってすぐ来てっ! ねぇっ!」 「あっちで親父と仲良くやれよ。じゃあまたな」 「ちょっと!」 「バイバイ」 男の子が手を振った。 「待って! ねぇ待って!」 仏壇のりんが鳴った。 「お願い待ってぇぇっ私ここにいるのよぉぉっ」 もう一度りんが鳴った。 「さ、ご飯にしましょう」 三人が背を向ける。 「待ってぇぇぇーーーーーっっ!」 男の子が振り返り、とことこと戻って来た。 首を(かし)げ、不思議そうにこちらを眺めて 「バイバイ」 ともう一度手を振る。民子が絶叫した。男の子が泣き出した。 「あらあら~?」 嫁は孫を抱き上げ、背中をぽんぽんとたたいた。 夫に聞こえないように(ささや)く。 「やっぱり写真でもおばあちゃまは怖いのかしらねぇ」 携帯が切れ、民子は闇に残された。 子供達は皆、生まれた時はヒーローだ。 生まれたばかりのヒーローは、思い思いの正義を信じて純粋に生き始める。 やがて、大半のヒーロー達が現実に目覚め、ヒーローごっこを止める。 宝物のはずだった剣やマントは埃をかぶり、見かねた親にいつの間にか処分される。数少ない、本当の(おもい)を残して。 深雪(みゆき)は知らない。 初めて雄黄(ゆうおう)を呼んだ時、無理矢理扉の中に入ろうとした彼の父親がどうなったのか。 深雪は知らない。母の病状を執拗に探ろうとした堀口さんが、エレベーターに乗ったままどこへ行ってしまったのか。 警察署で優しい女の人の不幸を面白がったおばさんが、今、どんな目にあっているのか。 男の子は知らない。雄黄が渾身の力で穴をあけ、自分達を連れ出してくれた後、あの透明な壁がまるで水槽(すいそう)のようにすっぽりと、 父と祖母もろともあの家を包んでしまったことを。 冒険が終了すれば、子供達は倒した魔物の残骸のことなど、決して思い出しはしないだろう。選ばれた子供達は、選んだ子供達にこれからも魔法を分けていく。分けてもらった子供達が、また魔物をやっつけに行く。 退治され、闇の水槽に放り込まれた大人達は祈るしかない。 次の子供達が自分を見つけてくれることを。 かつての子供達が、いつか自分を思い出してくれることを。 おそらくは、永遠に忘れ去られてしまった水槽の中で。
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