24人が本棚に入れています
本棚に追加
もう一度だけ、もう一度だけと民子は携帯を見る。
何度繰り返したかわからなくなった。
疲れた‥‥‥。
夢の中で家に帰り、目覚めては落胆する。
(何でもいい。誰でもいい。ごめんなさい。ごめんなさい。助けて)
家に帰りたい。
見えない地面に涙が落ちる。携帯が光った気がした。跳ね起き、食い入るように見つめると画面に息子が映っていた!
「もしもしっ! もしもしっ? 聞こえるっ? 母さんよ!」
「おふくろ、元気か?」
息子がのんびりと言う。
「俺達も元気にやってるよ」
息子が嫁と寄り添い、微笑む。
「もしもしっ今母さん大変なのっ! もしもし!」
愛らしい男の子が、二人の間から顔をのぞかせる。
「もう二歳になったんですよ」
嫁が孫を抱え、こちらに近づけた。
「ねぇ聞こえてるっ!? 助けてっ! 警察署で穴かなんかに落ちちゃってすぐ来てっ! ねぇっ!」
「あっちで親父と仲良くやれよ。じゃあまたな」
「ちょっと!」
「バイバイ」
男の子が手を振った。
「待って! ねぇ待って!」
仏壇のりんが鳴った。
「お願い待ってぇぇっ私ここにいるのよぉぉっ」
もう一度りんが鳴った。
「さ、ご飯にしましょう」
三人が背を向ける。
「待ってぇぇぇーーーーーっっ!」
男の子が振り返り、とことこと戻って来た。
首を傾げ、不思議そうにこちらを眺めて
「バイバイ」
ともう一度手を振る。民子が絶叫した。男の子が泣き出した。
「あらあら~?」
嫁は孫を抱き上げ、背中をぽんぽんとたたいた。
夫に聞こえないように囁く。
「やっぱり写真でもおばあちゃまは怖いのかしらねぇ」
携帯が切れ、民子は闇に残された。
子供達は皆、生まれた時はヒーローだ。
生まれたばかりのヒーローは、思い思いの正義を信じて純粋に生き始める。
やがて、大半のヒーロー達が現実に目覚め、ヒーローごっこを止める。
宝物のはずだった剣やマントは埃をかぶり、見かねた親にいつの間にか処分される。数少ない、本当の宝を残して。
深雪は知らない。
初めて雄黄を呼んだ時、無理矢理扉の中に入ろうとした彼の父親がどうなったのか。
深雪は知らない。母の病状を執拗に探ろうとした堀口さんが、エレベーターに乗ったままどこへ行ってしまったのか。
警察署で優しい女の人の不幸を面白がったおばさんが、今、どんな目にあっているのか。
男の子は知らない。雄黄が渾身の力で穴をあけ、自分達を連れ出してくれた後、あの透明な壁がまるで水槽のようにすっぽりと、
父と祖母もろともあの家を包んでしまったことを。
冒険が終了すれば、子供達は倒した魔物の残骸のことなど、決して思い出しはしないだろう。選ばれた子供達は、選んだ子供達にこれからも魔法を分けていく。分けてもらった子供達が、また魔物をやっつけに行く。
退治され、闇の水槽に放り込まれた大人達は祈るしかない。
次の子供達が自分を見つけてくれることを。
かつての子供達が、いつか自分を思い出してくれることを。
おそらくは、永遠に忘れ去られてしまった水槽の中で。
最初のコメントを投稿しよう!