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あたしはレイナ
ここいらの繁華街で一番のキャバクラのナンバーワンキャバ嬢だ。
欲しいものは馬鹿な男にねだれば大抵手に入る。
愛はホストかマッチングアプリを使えば金で買える。
あたしに足りないものなんてない
あの子に会うまでは、そう思ってた
「……なにこいつ」
自宅のあるマンションの玄関まで来ると、女が一人倒れていた。
20代ぐらいの若い女で髪の毛は黒髪ロング、身綺麗にしてることからホームレスやネカフェ暮らしの人間じゃないことはわかった。
「警察呼ぶか?」
と一旦は思ったが、私は人に言えないようなことを色々やってる身だ。昔は警察の世話になることも色々やった。
この状況で警察なんか呼べば私が疑われる。
考えた末、私はこの身元不明の女を家に入れることにした。
「……ん」
「気がついたか?」
ライターでタバコに火をつけ、煙をくゆらせながら女に声をかける。
「ここは……」
「あたしん家だよ。あんたあたしの家の前で倒れてたんだ。」
「えっ!?すみません!!」
「いいよ別に。それよりさっさと帰んな。あんた家はあるんだろう?」
よく見ると女の着てる服はヨレヨレで髪の毛もボサボサ、前髪は伸ばし放題だった。
倒れていた時に着ていたコートだけきちんとしていたので最初気づかなかった。
女は途端に黙ってしまった。
「……たくない」
「あ?」
「帰りたく……ない」
女はしばらく黙ったかと思うと蚊のなくような声でそう言った。
「帰りたくないならビジホでもなんでも泊まればいいだろう。とにかく目が覚めたんならとっとと出ていきな。」
「ホテルに泊まるお金、ない……」
「はあ?家に帰りたくない、金はない、じゃああんたこれからどうするってんだよ」
「死にます」
「はあああああ!?!?」
女はカバンからガサガサと大量の薬を取り出した。
「もう全部嫌になって……家出して死のうと思ってたんです。でもいざ死のうと思ったら怖くて……眩暈がして……このマンションの前で倒れちゃったみたいです」
(ちっ、メンヘラかよこいつ)
今すぐにでもこの女を追い出したくて仕方なかった。
死にたかったら死ねばいい。でもやる前から怖くて倒れてるぐらいじゃ死ぬ度胸もないんだろう。
かと言ってこの女を追い出したところでまた頼ってこられても困る。家と部屋が割れてしまっているのだ。
くそ、こんなことなら家に入れなきゃ良かった。
「あんたニートで引きこもりだろう?」
「えっ?」
「違うのか?」
「いいえ……違いません。」
泣きそうになる女を無視して話を続ける。
「あたしのキャバクラで働かせてやるよ」
「えっ、む、無理ですよ!!キャバクラなんて……私綺麗じゃないし……」
「別にキャストやれって言ってんじゃないよ。裏方だ。ドリンク作ったり酒のつまみ作る仕事。それなら人とあんまり関わらないし出来るだろう?」
「で、でも……」
何もできないくせに、ああいえばこういう女にあたしはだんだんイライラしてきた。
「あーもう!ずべこべ言わず明日から働きな!店長にはあたしが話つけといてやるから!まとまった金が貯まったら出ていくんだよ。」
「……はい、私、頑張ります!」
ぱあっと花が咲いたように笑う女をよそにあたしはタバコをふかしていた。
翌日、開店前の店にあたしは例の女を連れて店長のところへいった。
「レイナちゃん、この子が例の新人さん?」
「そうだよ。この前裏方の子が辞めたって言ってたからちょうどいいだろう?」
「よ、よろしくお願いします!」
いくら裏方とはいえ来た時の格好じゃ仕事をさせられないので、髪を切らせて服も買わせた。女の所持金はないに等しかったのであたしが肩代わりしてやった。
「名前は?」
「と、東条百合花です。」
「百合花ちゃんね。こういう仕事経験ある?」
「いえ、ありません。」
「そっか、じゃあ研修から始めるから。」
「は、はい!よろしくお願いします!」
とりあえず礼儀はなってるようで安心した。
「じゃああたしは同伴あるから後はよろしく~」
「わかったよ。今日もよろしくね。レイナちゃん」
店長と百合花にひらひら手を振ってあたしは店を後にした。
「レイナちゃ~ん!また来ちゃった!」
「あら部長さん。も~今月何回目?奥さんに怒られちゃうわよ?」
「だってレイナちゃんに会いたかったんだも~ん」
「も~部長さんってば上手~!」
それから数ヶ月後、あたしは相変わらずクソみたいな男に媚を売っていた。
香水の匂いをプンプンさせているオヤジにぴったりくっつきながら席へつくと、百合花が注文を取りに来た。
「ぶ、部長さん。今日も来てくれてありがとうございます。」
「おー百合花ちゃん!ありがとう。今日も可愛いね。」
「そ、そんなことないですよ」
「うんうん、そういう初々しいところもいいんだよな~」
「部長さん!あたし喉渇いた~!」
「ああごめんねレイナちゃん。じゃあとりあえず焼酎貰おうかな」
「はい、焼酎ですね!少々お待ちください。」
百合花は注文を受けるとぱたぱたと裏方へ引っ込んでいった。
「レイナちゃんも綺麗だけど、百合花ちゃんも可愛いな~。清楚で純粋な感じがさ。百合花ちゃんがホステスやってくれたら俺もっと通っちゃうんだけどな~。」
「も~部長さん!あたしといる時に他の女の話しないで!」
「ごめんって。レイナちゃんが一番だから!」
百合花は裏方でありながら、客からの人気をかなり獲得していた。
顔は地味だが化粧映えするので、メイクさせれば結構美人だし、この男が言うように素直で純粋な性格が客に受けていた。
客の顔や酒の好みもすぐに覚えてしまう。
中には百合花を目当てで来る客もいるほどだ。
閉店後、その日は珍しくアフターもなかったのでそのまま帰ろうとすると、店長に呼ばれた。
「百合花ちゃんさ、今度キャストで出してみようと思うんだけど、レイナちゃんどう思う?」
「はあ?」
思わずすっとんきょうな声が出てしまった。
「百合花ちゃん、裏方だけど人気あるでしょう?今この店にはいないタイプだし、新しい客を呼べると思うんだよね。本人に話をしたら結構乗り気だったんだけどさ、一応レイナちゃんの紹介で入ってるから意見聞いとこうと思って」
「あたしは反対ですね」
即答だった。
「確かに人気は出ると思います。うちはキャスト同士の仲がそんなにギスギスしてないからいじめもないでしょう。でも客からの無茶ぶりやセクハラをかわせるようじゃなきゃキャストは勤まりません。あの子は優しすぎるからそんなことが出来るとは思えません。」
「そこは実際働いていくうちに出来るようになるよ」
「とにかくあたしは反対です。帰ったら百合花にも言っておきますから」
店のとびらを乱暴に閉めて家路につく。
自宅の玄関を開けると、百合花が朝食を作って待っていた。
「おかえりなさい、麗奈さん。」
あたしは料理はからっきしで、大抵は外食で済ませていた。
しかしあたしの食生活を見かねた百合花はいつの間にか毎食作るようになっていた。
初めはあまり美味しくなかったが、最近は腕を上げてなかなかの味になっている。
「百合花、あんた店長からキャストになる話受けたんだって?」
百合花は肩をピクリと振るわせる。
「……はい。」
タバコに火をつけて煙をふすーっと吐き出す。
「やめときな。あんたに客あしらいなんか出来るわけないさ。男ってのは汚い生き物なんだ。あたしたちはしたたかでずるくなきゃやっていけない。あんたにはそれが出来るってのかい?」
「でも……キャストの方がお給料だっていいし……それに……」
「ホステスなんていつまでも出来る仕事じゃないよ。あんたは本来こっち側にいる人間じゃないんだ。馬鹿なこと言ってないで転職活動でもしな」
「そんな……今のお仕事だって麗奈さんが紹介してくれたのに……」
「メンヘラ引きこもりニートに付きまとわれたら面倒だからだよ」
「そんな……私、麗奈さんみたいになりたいんです!」
「はっ、突然何を言い出すかと思えば。あたしは何年もかかって今の生活が出来てんだよ。それまではひどいもんだった。あんたみたいなちょっと社会に出始めた人間があたしみたいになれるわけないだろう。」
「すぐには出来ないのはわかってます!でも!」
「わかってるだあ?夜の仕事一本で食ってくことが何を意味するかわかってないだろう。昼職が出来なくなって年だけ取っていく嬢をあたしは何人も見てきた。ここまで言っても考えを変えないんならとっとと出ていきな。金が貯まったら出ていく条件だっただろう」
「……わかりました。」
百合花は立ち上がると何故か台所に向かった。
「何してんの?」
「麗奈さんのご飯です。麗奈さん放っておくとご飯食べないから」
百合花は手際よく大量のおかずを作っていく。
あたしはタバコを吸いながらその後ろ姿を眺めていた。
「カレーとか野菜炒めとか1食分ずつ冷凍してましたから。ちゃんと食べてくださいね。お米はたくさん買ってありますから炊いて食べてくださいね。それぐらいは面倒くさがらないでください」
「わーったよ。おかんかてめえは。」
百合花は来た時の荷物だけまとめるとうちを出ていった。
百合花が出ていった後冷凍室を覗いてみると、冷凍室いっぱいの食事が詰まっていた。
「はっ、いつになったら食いきれるんだよ。」
誰もいない部屋に、あたしの独り言だけが寂しく響いた。
百合花はしばらくは店で裏方として働いていたが、数ヶ月もしたら辞めた。
転職していったらしい。
転職先はあたしでも聞いたことがある大企業だったようだ。
思った通りだ。
百合花のいる場所はこんな金と欲にまみれた掃き溜めみたいな場所じゃない。
あたしは百合花が来る前の生活に戻った。
男に貢ぎ貢がれ、酒を浴びるように飲む。
食事は百合花が作っていったものが尽きると全て外食になった。
いつものあたしに戻っただけなのに、全てが虚しかった。
そんなある日
「今日から新しいキャストが入ることになった。」
どうでもいい。
あくびを噛み殺していると、店長の後ろから出てきた新人の姿に思わず咳き込んだ。
「知ってる子もいるだろう。ユリちゃんだ」
「よろしくお願いします。」
出てきたのは百合花だった。
初めて会った時の面影は見る影もなく、サラサラの黒髪を揺らし、ナチュラルメイクを施され純白のドレスを纏った姿はまるでお姫様だった。
「ゆ、百合花!お前どうして……」
思わずつかつかと百合花に詰め寄った。
「私やっぱりキャストやりたくて」
「転職したんじゃなかったのかよ!」
「はい、だからここは副業です。これなら麗奈さんも納得してくれますよね?」
口をパクパクさせるあたしをよそに百合花は楽しそうに頬笑む。
「麗奈さん、私に前言いましたよね。男は汚い生き物だって。私達はしたたかでずるくなきゃ駄目だって。それは間違ってないと思います。でも、お客さんのほとんどはその日の疲れを癒しに来ていると思います。楽しくお話して、楽しくお酒を飲んで、そんな素敵な時間をプレゼント出来る麗奈さんはすごいって、ずっと思ってました。だから私、どうしてもキャストがやりたかったんです。」
百合花の言葉に目からウロコが落ちた。
自分の仕事を今までそんな風に思ったことがなかった。
「私、麗奈さんみたいになることが目標なんです!だからこれからはライバルになっちゃいますけど、よろしくお願いします!」
百合花は深々と頭を下げた。
目標だなんて今まで言われたことがなかった。
どこへ行っても邪魔者扱いされて、ちょっと優しくされたら騙されて、だから誰も信じないで自分勝手に生きてきたのに
でも、今の百合花を見たらふっと口許が緩んだ。
「百合花、いや、ユリ。ライバルになる人間に頭なんか下げるもんじゃないさ」
「えっ?」
頭を上げたユリの前に拳を突きだす。
「こうして拳を突き合わせるんだよ」
「え?えっと、こうですか?」
ユリはおずおずとあたしの拳に自分のそれを合わせた。
「よし、今日からあたしたちはライバルだ!簡単には抜かせてやらねえからな!」
「……私だって負けません!すぐに追い抜いて見せますから!」
私達のやりとりを見てた店の皆から拍手喝采を浴びる。
百合花、あんたはあたしに教えてくれた。
人のぬくもりってやつを
だからあたしはあんたの言うように、これからはこの仕事に誇りを持ってやっていこうと思う。
どこにも捌け口がない人達の、最後の砦になれるように
でも、お人好しのあんたが危ない目にあったらあたしが守ってやる。
誰にも枯らせはしない。
渇いたあたしの心に咲いた、1輪の百合を
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