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12 講和
ロンウィ将軍の留守中、敵国、ブランデンが、講和を申し入れてきた。
ブランデンは、無敵と言われる騎馬部隊で有名な国だ。つい先ごろ、将軍は、その前衛部隊の偵察に出かけて、怪我をして帰ってきたばかりだ。要塞に戻った彼は、ブランデンにはこれ以上の戦闘の意思がない、と、言って、遊びに出かけてしまった。
そもそも、ブランデンは、リュティスとの戦闘に積極的ではなかった。どちらかというと、ブランデン王は、同じ同盟国のエスターシュタット帝国と仲が悪かった。
ブランデンとエスターシュタットは、隣国同士だ。ご多分に漏れず、国境を巡って争いが絶えなかったのだ。
ブランデン軍の歩哨の、投げやりな監視や、乱雑な駐屯地の様子から、ロンウィ将軍は、ブランデンには、戦う意思がないことを見抜いたのだという。
「ななな。スゲーだろ。俺らの将軍」
仲の良くなった兵士が自慢している。
だったら、怪我をする前に、引き揚げて来れば良かったのにと、俺は思った。
*
「ほう。ブランデンが」
報告書を読み、皇帝ナタナエレはつぶやいた。
国境駐屯群から、早馬が来た。ブランデン王国が、講和を申し出ているという。
「早急にご署名を」
外務大臣が書状を差し出す。彼は、皇帝が、この講和を受け容れると知っていた。
ゴドウィ河の向こう岸の、弱小国家や領邦は、次々と降伏してきた。今、強大な騎馬部隊を擁するブランデンまでもが、新興のこの、リュティス帝国に講和を申し込んできた。
果たして皇帝は、鵞ペンを取り上げ、おもむろに署名した。
ほっと、大臣はため息を吐いた。
これで、残る敵は、西のエスターシュタット帝国、ただ一国だ。
「ところで、皇帝。講和の知らせと共に、キフル要塞から、馬の補給を要請してきています」
「馬?」
「戦闘で、ロンウィ・ヴォルムス将軍の馬が、使い物にならなくなったそうです。あそこには、この春にも、馬を送ったばかりで……」
大臣は苦い顔をした。
「どうしてこう、すぐに馬をダメにしてしまうのか」
「乗り潰してしまうのだろうよ。ヴォルムスは、軍の先頭に立って突撃するから」
「お言葉ですが、皇帝。それは、軍の司令官としてどうかと思います。司令官がやられてしまったら、残された軍など、烏合の集まりに過ぎません」
「そうだな」
「ロンウィ・ヴォルムス将軍の副官は、将軍の馬だけでなく、馬の数を増やしてくれと、言ってきています」
「彼の兵が馬を持ったら、どういうことになると思う?」
皇帝からの、突然の下問に、大臣は戸惑った。
「彼は、フットワークが軽い。兵たちは、彼について、地獄の底までも行くだろうよ」
それはどういうことか、大臣は考えた。
ロンウィ・ヴォルムス将軍は、皇帝に絶対の忠誠を誓っている。命知らずな攻撃方法は問題だが、大臣は、彼の忠心を疑ったことがなかった。
結局、皇帝の言葉には、大した意味がないのだろうと、大臣は思った。
「副官からは他にも、兵士や、銃弾、火薬、食料や医薬品などの物資の補充を要請してきています」
「送らなくてよい」
「は?」
聞き間違いかと、大臣は思った。
もう長いこと、キフル要塞には、補給をしていない。
「送らなくてよいといったのだ」
「ですが、兵士らが飢えてしまいます。銃弾や火薬が不足したら、思うように戦えないでしょう」
ブランデンは講和を申し入れてきたが、西にはまだ、エスターシュタットが残っている。弱小の諸国や、初めから戦う気のなかったブランデンと違い、エスターシュタットは、強敵だ。リュティスの元王妃の実家であるこの国には、リュティスの貴族が、多く亡命していた。
ナタナエレ皇帝のクーデターで国を追われた貴族たちだ。
彼らは、死ぬ気で、ナタナエレ皇帝の帝国に戦闘を仕掛けてくるだろう。キフル要塞は、その最前線にある。
「大丈夫だ。彼に負けた国々は、ヴォルムスを随分、信頼しているようだから」
皇帝は、現地から搾り取らせろと言っている。
大臣は苦い笑いを浮かべた。
皇帝は、軍人上がりだ。現地調達は、ナタナエレ将軍の、常套手段だった。
つまり、略奪だ。南のアウリシア半島を征服したナタナエレ軍は、豊かなこの地で、略奪の限りを尽くした。
「しかし、ゴドウィ河流域は、湿地ばかりで。小さな領邦が多く、大した物資は得られないでしょう」
大臣はロンウィ・ヴォルムス将軍を気の毒に思った。将軍とはいえ、大した給料をもらっているわけではない。略奪で得た資産で、成り上がっていくものなのに。
「敗戦国が、娘を嫁に、と言ってきているそうだ。その上ヴォルムスは、ハーレムも囲っているらしい。彼は、楽しくやっているよ」
大臣の心を読んだかのように、皇帝は言った。なんだかひどく、不快そうだった。
「とにかく、彼に補給は必要ない。自分で何とかするだろう」
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