13 忠誠と死と

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13 忠誠と死と

 大臣が立ち去ると、皇帝ナタナエレは大きくため息を吐いた。  ……ヴォルムス。  兵士らは、彼を名で呼ぶ。ロンウィ将軍と。  だから、ナタナエレは、絶対に、名で呼ばない。呼んでやらない。  自分は、部下の将校や、兵士達とは違うのだ。  自分は、皇帝だ。  ……ハーレムだと? 敗戦国から嫁?  ……勝手なことを。  大臣が言ったように、痩せて貧しい河の南の地区など、どうでもいい。ヴォルムスが治めてくれるなら、むしろ歓迎したいくらいだ。  それなのに、ひどく腹が立った。  ……ハーレム。  ……嫁。  ナタナエレ・フォンツェルと、ロンウィ・ヴォルムスが、初めて会った時、二人とも、まだ、王立軍の、年若い将軍だった。  一人は国境の真ん中辺で。  もう一人は、南の端で。  ともにずば抜けた活躍をした二人は、早くから軍の司令官に抜擢された。  南軍のナタナエレ軍は、中央のヴォルムス軍より、優位な立場に駐屯していた。強敵エスターシュタットの首都からも距離がある。  ヴォルムスの方から、彼に会いに来たのだ。  連戦連勝の、無敵将軍に。  ひとめで、恋に落ちた。  ヴォルムスが、ナタナエレに。  その逆は、認めない。絶対に。    ヴォルムスは、ナタナエレに、絶対の忠誠を誓った。そんな彼を、ナタナエレは、ベッドに誘った。  彼のセックスは、真っ直ぐだった。  それはまったく、彼そのものだった。  前戯はほとんどなかった。ひたすら、ナタナエレを欲した。  ナタナエレは、後ろから抱かれることを好む。何も見たくなかった。白いシーツの他は。男の下で喘ぐ自分が嫌いだ。  ヴォルムスは、彼を腹這わせ、いきなり突っ込んできた。奴隷が広げてくれていることを知っているのだ。  彼は、奴隷解放を切に望んでいるくせに。  熱い鉄のような塊を腹に押し込まれ、ナタナエレは喘いだ。綴じた目の奥で、ちかちかと、星が瞬いた。 「痛いですか?」 動きを止め、ヴォルムスが尋ねる。  これは、快感かもしれない。  わからない。  あまりに性急で、あまりに激しく欲しがるから。  ヴォルムスが。  自分を。 「動くな」 命じ、暫くは、固く熱い彼が、なじんでいく感触を楽しむ。  やがてナタナエレの腰が揺れはじめた。自ら捻り、相手の股に押し付ける。許可を与えられ、ヴォルムスは、ゆっくりと動き出した。 「動く、なっ!」 挿入の最初の快感が去ると、腹が圧迫されて苦しくなる。 「愛している」 低く、男らしい声がした。  きゅん、と、自分の内奥が閉まったのを、ナタナエレは感じた。  彼の言葉が脳にしみとおると、胸がざわざわした。ひどく不穏なものをナタナエレは感じた。  それなのに、咥えこんだそこは、搾り取ろうとするかのように、貪欲だ。根元まで飲み込み、締め付ける。  後ろから、手が回ってきた。しぼみかけたナタナエレのそこに、そっと触れる。 「あ、あ、あ、」 大きな、乾いた手が、ナタナエレを優しく包み込む。それは、今まで知らない快楽だった。それほどの優しさ。愛情……。  しかし、彼は、暴君だった。 「出してはダメだ」  傲慢に命じる。 「後で苦しくなります」 ヴォルムスが、彼の勃起を強く握りしめた。 「ああああ……」  熱い。  いきたい。  あふれてしまう。  ……お前への想いが。  ナタナエレは、自分が快楽の奴隷となったのを悟った。  だが、そんなことは言わない。ただ、自分の下半身が、きゅんきゅんと、彼を締め付けているのを感じる。咥えこみ、もう二度と、離すまいと。  ……愛なのか。  違うと思った。もう、深くは考えない。  それどころではないから。 「やめろ!」  はっと我に返り、ナタナエレは叫んだ。  今、を、突かれたくない。もう、充分に感じている。体の奥からじわじわと熱が溢れ、濡れてくる。もし今、を攻められたら……。  もちろん、許してくれるヴォルムスではなかった。  がっついている。  激しく何度も腰を打ち付けた。  唸り声が聞こえた。攻撃が止む気配はない。それどころか、ナタナエレの反応を察し、激しさを増すばかりだ。  もう、気が狂いそうだった。  不意に、動きが緩やかになった。  浅く何度か突いた後、ヴォルムスは、大きく腰を引いた。 「ああっ」  抜かないで。もっていかないで。  快楽を。愛情を。  お前は俺のものになったはずだろう?  空虚なのはもう、いやだ。  次の瞬間、強く打ち付けられる。後ろに引いた分、勢いをつけて、強く。 「ああっ!」 目の前が白く発光した。頭がおかしくなりそうだ。 「やめっ!」 やめないでほしい。お前が欲しい。もっと奥まで……。  ヴォルムスは止めない。  物か何かのように、ナタナエレを扱う。  背中に腕を捻り上げ、腰を打ち付け、完全に、彼を所有する。 「う……はっ」  ナタナエレ自身の、声にならない喘ぎ。深く深く、彼を咥えこむ。これは、俺のものだ。俺だけのものだ。  「お願いです、ナタナエレ」  呼び捨てだ。切羽詰まった声だった。 「あなたの顔が見たい」 うつ伏せでは、相手の顔が見れないというのだ。  ……わがままなやつだ。 「抜くな!」  ナタナエレは命じた。我ながら、悲鳴のような声だった。  だが、自分を入れたまま、相手の体を回すような器用なことは、無骨なこの男にはできなかった。 「すぐ、すぐですから」 「あ、ああ、あ」  角度が変わる。敏感な内壁がこすられ、思わず声が出た。 「お願いです、私の将軍」 「私の……?」  俺はお前のものじゃない。  誰のものではない。  咎めようとする言葉が、力なく消え失せた。彼が、ナタナエレのそこを、強くこすったから。  名残惜し気に。  二度。いや、三度。  そして、彼は出ていった。 「あ、ああああああ」  抑えていた快感が、一気にあふれ出す、そのあまりの強さに、ナタナエレは、気が遠くなりそうだった。  「お前、俺を殺す気か」  強い快感が続いているというのに、仰向けに体を裏返され、ナタナエレは不満を唱えた。  完全に息が上がっている。体中が、互いの汗でぬめぬめする。  自分の匂いを強く感じた。  そして、相手の匂いも。  閉じていた目を開けると、大型犬のような男が上にいた。嬉しそうな茶色の目が光る。本当に、犬のようだ。 「死んでください。私の為に」 「いやだ」 「それなら、私が死にましょう。あなたの為に」  顔を見られるのは嫌いだ。下に組み敷かれるのはもっと……。 「これは、いやだと言った」 「いやが多い方だ」 憎い男が微笑んだ。唇が、自分の口に降ってきた。熱い舌に唇を割られ、口腔中を犯される。息継ぐ暇もなく探られ、吸い取られる。 「はっはっ、はぅ」 「好きです、私の将軍。好きです」 絶え間のない蹂躙に、治まったはずのそれがまた、首を擡げる。 「嬉しい。将軍が喜んで下さっている」 「勝手なことを言うな!」 不意に、手が下りてきた。ヴォルムスの手が、敏感なそこを握った。 「あっ!」  今回も、挿入は性急だった。  すでに柔らかくなっているそこに、ぬぷぬぷと、何の苦労もなく、押し入ってくる。 「今だけでいい。私のものになってください」 「ああっ!」  答える余裕などない。再び激しく突かれ、ナタナエレは悶えた。口から涎が垂れ下がる。  自分で自分が抑えられない。 「き、きらいだ。これは……」 「そんなこと言わないで、私の将軍」 「自分で……自分が……」 制御できない。  しかし、物を考えることはできなかった。  凄まじい快感が、下半身で爆発する。 「ああああああああああ」  目の前が、白く発光した。  ナタナエレは意識を手放した。  それは、初めて会った男との、最初で最後のセックスだった。  自分を敬い、忠誠を誓ってくれてた男との。  以来二度と、ナタナエレは、彼に身を任せていない。  「私の将軍、か」 過去から我に返り、ナタナエレは独り言をつぶやいた。  おもむろに、呼び鈴を鳴らす。  皇帝となった自分の意思で、あの男を、危険で、過酷な環境に置いてやった。だが、文句ひとつ言わない。それどころか、戦果をあげ、忠誠の印を見せつけてくる。  ひとつくらい、彼を喜ばせるようなものを、送ってやろうと思った。
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