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16 カエル、秘書になる
俺達バーバリアン人の幼生は、膿を持った傷や腫物などを治すことができる。
なにやら、皮膚のぬめりと関係があるらしいが、学校で教えられた難しい化学式は、どうしても理解できなかった。
ロンウィ将軍の腫れた傷を治してやったのは、ほんの気まぐれだ。
べ、別に、傷が痛痒そうで気の毒だと思ったわけじゃない。
傷が化膿して、これ以上、ブサメンになったら困るだろ?
いいや、違うな。
ロンウィ将軍は、ブサメンじゃない。見慣れてみると、味わい深い、いい顔してる。
イケメンでは、断じてないけど!
どうやら、俺の、彼の見方は、少しずつ、変わっているらしい。
ところで、ロンウィ将軍の方にも、変化があった。
あの蒼い月の晩から、彼は俺を、執務室に入れるようになったのだ。
部屋の隅に行儀良く座り、俺は、将軍が書類仕事をするのをじっと眺めるのが日課になった。
「司令官は、戦うだけじゃないんだ。事務仕事がな。これが多くて」
べしべしべし、と書類にサインをすると、将軍は愚痴をこぼした。
「アミルは空からの攻撃部隊を作るのに夢中だし、ラフィーは、塹壕造営と、地中の輸送を研究している。思った通り、2人とも、立派に軍の役に立ってくれている。だが、俺の事務仕事を手伝ってくれるやつがいないんだ」
ぶつぶつと、際限もない。
いつもの愚痴だ。
手伝ってくれる人がいないって、副官や、部下の将校達にやらせればいいじゃないかと、最初は思った。だが、彼らを事務仕事に使うことを、ロンウィ将軍は嫌った。
秘書は、将軍直属だ。部下を私用に使うみたいで、いやだというのだ。
彼は、私物化、というものを、忌み嫌っている。現地の長からの貢物を断り、軍の配給で全てを間に合わせている。その配給は、滞りがちで、だから、彼のシャツは、2年前の仕立てなのだが。
「アミルとラフィーはダメだ。彼らはすでに、軍人だ。だから、グルノイユ。お前を俺の秘書に任命する」
……えっ!
あまりの展開に俺は驚いた。俺はただ、将軍の仕事ぶりを監視していただけで……。
つまり、バーバリアンに不利な法令を見逃していないかと。
「お前は軍人向きじゃないよな、つか、お前まで軍に取られたら、俺はいやだ」
その軍の長だくせに、勝手なことをほざいている。
俺だって、入れるものなら、すぐにでも、軍に入りたい。
だが、小鳥のアミルのように空を飛べるわけでも、もぐらのラフィーのように、地下を進めるわけでもない。
水の中なら、少しは、実力が発揮できるかもしれない。でも、川から離れたら、もう、ダメだ。水がないところでは、俺の長所は生かせない。
次の書類を、ロンウィ将軍は手に取った。
「今のままでは、忙しくてかなわん。決めた。お前は今日から俺の秘書だ。しっかり励め」
自分が捕虜であることを、思い出さざるを得なかった。捕虜の身に、拒否権などない。
意外なことに、カエルの姿のままでもできることはいっぱいあった。
重要なものとそうでないものに、書類をより分けたり。
将軍の書いた書類の、誤字脱字を指摘したり。(誤字脱字は結構あった。重要な書類なのに、あまりに適当な書き方に、俺は呆れた)
乱雑に積み重なった報告書を、系統別にファイルしたり。
結構、忙しい。
少し手が空き、将軍はご満悦だ。
「いやあ、お前は役に立つな。これで、両手が使えて、言葉がしゃべれたら、最高の秘書になるぞ」
秘書になって、少しした頃。
「この手紙を、郵便局にもっていってくれ」
俺の頭をごしごし撫でながら、将軍が言った。
頭の水分がなくなってしまうから、止めてほしい。
将軍には伝わらない。彼は、やたら俺の体に触れたがる。彼の手は大きくて乾いているから、頭の水分を、ごっそりもっていかれる、しばしば水浴びしないと、干上がりそうだ。
そういうわけで、休憩時間になると、近くの川に水浴びに行くのだが、必ず、将軍が、ついてくる。
自分が元凶なのに。
彼も、泳ぎが好きらしい。衣服を脱ぎ捨て、深い川を、俺と並んで泳ぐ。
その泳ぎは力強く、流れるように美しい。水の中で将軍は、別の生き物のようだ。
だか、はっきり言って、迷惑だった。
彼が泳ぐと、大きな波が立つから。
相変わらず、俺の頭に手を置いたまま、将軍が命じる。
「シテの大臣への手紙だ。兵士らの給料が滞っていてな。督促の手紙だから、大至急」
シテは、リュティスの首都の名だ。
給料が滞っているのは、兵士だけではないはずだ。将校や、将軍自身の給料も、随分長いこと、未払いが続いている。
ナタナエレ・フォンツェルのクーデターは成功したと聞くが、これは、どうしたことだろう。
ナタナエレ皇帝は、本当に、ロンウィ将軍の部隊を切り捨てるつもりなのだろうか。前に、当番兵が心配していたように。
呑気な顔をしているが、ロンウィ将軍は、もう少し、危機感を持った方がいいと、俺は思う。
将軍は屈みこみ、俺の口に手紙を咥えさせた。最初は、口の奥に押し込みすぎたり、無造作に押し込まれて口から手紙が垂れてしまったりで、大変だった。当然、手紙は濡れたり敗れたりするから、書き直さなければならない。将軍も大変だ。
だがこの頃は、二人とも、随分、上手にできるようになった。
押し込む将軍も。
押し込まれる俺も。
自慢するわけじゃないが、ロンウィ将軍の手紙を咥え、跳ねるカエルは、キフル要塞の、ちょっとした名物だ。
俺の仕事ぶりに、将軍も、満足そうだ。
「カエルのままでも、ここまで役に立つんだもんな。人型になったら、どんなに有能だろう。まったく待ちきれないよ。お前もそうだろ、グルノイユ。役に立ちたいからっていって、大根を洗っていたそうじゃないか」
確かに。
俺は、軍の役に立ちたい。
あんたの為じゃ、決してない。
将軍が、にたりと笑った。
「早く人型になれるように、俺が、発情させてやろうか?」
飛び蹴り!
体当たり!
「うはははは。くすぐったい」
俺の決死の攻撃は、変態の将軍を、喜ばせただけだった。
郵便局へ行く途中、庭のテントの前を通りかかったら、中で、シャルロットとルイーゼが、話し込んでいるのが見えた。
なんだか深刻な雰囲気だ。
この頃、ちょくちょく、こうして二人きりで長いこと、話をしている。
俺が近づくと、ふっと話を止めてしまう。
なんだろう。
ひどく気になる……。
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