18 ラ・カプリシュース(気まぐれ)

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18 ラ・カプリシュース(気まぐれ)

 突然、ルイーゼが、出ていった。  いや、突然ではなかったのかもしれない。  彼女は、同じケンタウロスの青年と、駆け落ちした。  驚いたことに将軍は、彼らに金貨6つを与え、通行証を発行した。  金貨6枚……間違いなく、彼の全財産だ。  数日後。  「グルノイユ」 テントの中から呼ぶ声がした。  シャルロットだ。  人魚の彼女は、テントから出ることはない。  普段なら、将軍のハーレムには近寄りはしない。だが、ルイーゼが出て行ったばかりだ。さすがに気になって、俺は、テントに入ってみた。  シャルロットは、今日もロングスカート姿で、椅子に座っていた。金色の髪が、高く結い上げられている。  俺の姿を見ると、にっこりと微笑んだ。 「あなたには、ちゃんとお別れの挨拶をしておこうと思って」 「お別れ?」  俺は慌てた。  ルイーゼだけではなく、シャルロットまでも、ここから出ていこうとするのか。  将軍を、捨てよう、と?  生真面目な顔になり、シャルロットは言った。 「将軍のこと、頼むわね」 「頼むって……俺はぞ!」 慌てて俺は釘を刺した。 「は、君たちの仕事だったろ? 君と、ルイーゼの」 「でも、私もそろそろ、海へ帰らないと」 「海?」  シャルロットは頷いた。 「私はもとは、西の海にいたの。それが、アンゲルの艦隊に捕まってしまって」  アンゲルは、リュティス帝国と海を挟んだ西側の島国だ。海路において、めきめきと実力をつけ、海の覇権を握っている。  東の同盟国が次々と脱落し、リュティス帝国に逆らうのは、エスターシュタット、ただ一国となってしまった。  その一方で、西の島国、アンゲルが、海上から、リュティスを脅かしている。 「アンゲルの船に追われて、尻尾を怪我してしまって……私、死にそうだったの。それで、アンゲル国の船員たちは、私を、本国に連れて帰ることを諦め、リュティスで売ることにした。奴隷としてね。弱り切った私を買ってくれたのが、ロンウィ将軍だったの」 俺は憮然とした。 「あいつ、奴隷買いまでしてたのか」 「でも、彼に保護してもらわなかったら、今頃私、死んでたわ」 「そうかもしれないけど」  奴隷なんて、売る方も売る方だけど、買う方も最低だと、俺は思う。  需要があるから、供給があるわけで……。 「ロンウィ将軍だって、アンゲル人と同じだ。彼に買われて、君たちは、いいようにされてきたわけだろ?」  つまり、性的な奴隷として。  さすがにそこまで言えず、俺は言葉を濁した。 「いいように?」  シャルロットは首を傾げた。  次の瞬間、弾かれたように笑い出した。 「なななな、なにがおかしいんだよ」 真っ赤になって俺は尋ねる。 「あなたが……、将軍が……」  なおも彼女は笑い続ける。  俺はむっとした。 「だって、君らといるとき、いつも将軍は裸じゃないか。ルイーゼと君に服を脱がせてもらって。……君は、……君たちは……」 言葉が詰まる。 「私たちは?」  意地悪く、シャルロットが促した。  全身が火照った。  一気に俺は言ってのけた。 「君たち二人は、彼に、性的に奉仕させられてたんだろ?」 「あなた、覗いたの?」  ほんと、この人魚は、底意地が悪い。  おまけに、うわべを取り繕うことに長けている。今まで優しいとばかり思っていたのに……。 「気配でわかるよ!」  かっとして俺は叫んだ。  布を隔てただけの、隣のテントで寝ているのだ。  わからないわけがない。  まだカエルだけど、俺だって、思春期の男の子だ。  シャルロットは、まだ少し、口の端に笑いを残している。 「私たちの仕事は、マッサージと、入浴補助よ」 「マッサージと入浴補助? って、それじゃ、介護じゃないか」 「だって将軍はお疲れだから」 「だって、」 「それだけよ」 「それだけ?」 「ええ」  俄かには信じがたかった。  あのエロ将軍が、美少女二人にさせていたのが、マッサージと入浴補助? だけ?  信じられるわけがない。 「将軍は、アミルとラフィーも、毒牙にかけようとしてるんだろ?」  思い切ってぶつけてみた。  小鳥ともぐらの少年は、俺が来る前から、ハーレムで暮らしていた。 「あの子たちも、奴隷として売られていたのを、将軍が買い取ったのよ」  やっぱり。  彼らは、今は軍の宿泊所に移っているけど、「発情」したら? 人間の姿になったら? 「そしたら、将軍の奴隷にするんだろ? つ、つまりその、性的な」  あんなに軍務に励んでいるのに。  あんなに、兵士らに馴染んでいるのに。  結局は、変態将軍の、性奴隷にされてしまうなんて。  シャルロットの顔から、すうーっと笑みが引いた。 「彼らは、時の施術を受けたわ」 「時の施術!」  それは、大人にならない選択だ。  鳥やもぐらの彼らは、俺と同じく、いずれは人型になる、「時の獣人」だ。  しかし、「時の獣人」の中には、ごく少数だが、幼形のままでいる道を選ぶ者もいる。  そうした者たちは、「時の施術」を受ける。  薬であったり魔術であったり、種族によって方法は違う。だが、この施術を受けたものは、永久に幼形のままだ。  人型になることはない。  ただし、幼形のままだと、人型になった獣人より、寿命が短くなる。純粋な鳥やもぐらよりは、若干は、長生きだが。  だから、「時の獣人」は、幼形のままでいる道を、普通は、選択しない。俺も、今の今まで、時の施術のことなど、すっかり忘れていたくらいだ。 「かわいそうに。そうまでして、将軍の魔の手を逃れたかったんだな」 「違う」  短く、シャルロットが否定した。  すぐに補足する。 「空を飛んだり、地中を進むことができる方が、より一層、ロンウィ将軍の役に立てるから。人の姿になったら、空や地中の移動は、できなくなるもの」 「そんな……。『時の施術』を受けたら、寿命が縮むのに」  軽く、シャルロットは吐息を吐いた。 「二人は、本当に、将軍が好きなの。彼の役に立ちたいの」  衝撃だった。  美しい小鳥、アミル。  つぶらな瞳のもぐら、ラフィー。  彼らは、自分の寿命を削って、ロンウィ将軍に仕える道を選んだのだ。 「将軍はそれを許したのか?」 「アミルとラフィーの二人は、いずれは軍に入れると、2人が来た時から、将軍は言っていた」 「彼らの寿命を犠牲にして、軍に奉仕させるつもりだったんだな?」  めらめらと怒りが再燃した。  再び、シャルロットは首を横に振った。 「『時の施術』のことは、将軍は知らなかったみたい。後から聞いて、驚いていたわ。なんてことを、って、嘆いていた」 「それは、発情を待って、いずれは性奴隷にしようと狙ってたから……」 「違うってば!」  シャルロットは、尻尾の先で、ぴしゃりと床を叩いた。人魚の尾の、先端のくびれには、大粒の真珠を連ねた美しい飾りが巻かれていた。 「これは、将軍からのプレゼント」  俺の視線に気がつき、シャルロットは言った。  少し寂し気に付け加えた。 「最後のプレゼント」  愁いを帯びた美しい横顔に、物凄く腹が立った。  もちろん、ロンウィ将軍にだ。 「君は……。君も……」 「誤解があるようだから、ちゃんと話すわね」 相変わらず言い澱んでしまう俺に、シャルロットは、ずばりと核心を突いた。 「私もルイーゼも、ロンウィ将軍と寝ていません」 「ねねねね、」  俺は絶句した。  人がせっかく、穏便で、あいまいな言葉を探していたのに。  くすりと、シャルロットは笑った。 「マッサージをしてあげるとね。彼は眠ってしまうのよ」 そこで彼女は、今まで見たこともないほど邪悪な顔になった。 「あそこまで立派になっているのに、何もしないで眠っちゃうなんて。全く、理解に苦しむわ」 「うぐぐぐぐぐ」  これが、大人の女の迫力ってやつですか?  俺の姉さんも、幼馴染のキャロラインも、いずれはこうなるの? 「私たちは、将軍がにならなければ、何もできない。私は人魚でしょ? ルイーゼはケンタウロスだわ。だから……」 「え? どゆこと?」  意味が分からなかった。  シャルロットは、舌打ちした。 「だって、無理やりことができないでしょ? 魚や馬の下半身では! 私たちが将軍をことはできないのよ!」  シャルロットの言葉の意味を考え、それが、体位的なアレだと気づき、俺は、失神しそうになった。  反対にシャルロットは、止まらなくなってしまったようだ。 「前にハーレムに、人間の女の子がいたのよ。かわいくて、とても積極的なコだったわ。将軍は、彼女が大好きだったの。でもやっぱり、手を出そうとしなかった。じれた彼女は、ある日、裸にして仰向けに寝かせた将軍の上に、自分から乗っかろうとして……」  振り落とされたんだそうだ。  馬か。  ロンウィ将軍は、馬だな。 「翌日、そのコは、地元の領主に売り飛ばされたわ」  訳を尋ねた仲介人に、将軍は、「彼女が怖い」と言ったという。  怖い? 仮にも、リュティス軍の司令官だぞ?  それが、人間の少女が怖いって……? 「エッチしない男に、用はないわ!」  吐き捨てるように、シャルロットは言った。すごいド迫力だ。 「人魚は長生きだけど、それでも、花の命は短いものよ。ルイーゼは、遠足に出掛けて恋人をみつけてきたけど、私は海に帰らなきゃ、出会いがないの」  なんとルイーゼは、将軍と一緒に出掛けた遠足(それは彼の療養の旅であったはずだ)で、お相手を見つけたわけだ。  すぐそばに、将軍がいたのに。  さすがに彼が、気の毒になった。 「ロンウィ将軍を頼むわね、グルノイユ。エッチはしなかったけど、彼はかわいい人よ。あなたはもっと、彼を好きになるわ」  かわいい?  もっと好きになる、って……、  いや、頼まれても困るんですけど!  次の日。  人魚のシャルロットは、馬車でゴドウィ河まで運ばれた。そこから先は、リュティスの護送艦「ラ・カプリシューズ」号に乗せられ、西の海へと護送された。
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