5 要塞

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5 要塞

 バーバリアンの城を出る前、俺は姉から、ロンウィ将軍の素晴らしさについて、みっちりお説教を食らった。  いわく、ロンウィ・ヴォルムス将軍は勇敢だ。いつも自分が軍の先頭に立って、真っ先に敵軍に切り込んでいく。  いわく、ロンウィ・ヴォルムス将軍は、徳が高い。敗戦国の民に対して、決して略奪行為は働かない。部下の兵士達にも許さない。  いわく、バーバリアンが、ロンウィ・ヴォルムス将軍に占領されたのは、ラッキーだった。将軍は、バーバリアン人の家や財産を、落ちぶれた兵士や山賊達から、守ってくれるだろう……。  決して略奪はしない。  勇敢で、高潔な将軍。  もしそれが本当なら、カエルとして、俺も、彼の下で、共に戦いたいと思った。  だが、そんな素晴らしい軍人が、この世に存在するわけがないのだ。  リュティスのナタナエレ・フォンツェルを見ればわかるじゃないか。軍人から成り上がった隣国の皇帝が、どれほど残虐で、非道であるか……。  この世界を、戦乱の渦に叩き込んだのは、ナタナエレ・フォンツェルだ。それもただ、自国の領土を拡げる為だけの目的で。  ロンウィ・ヴォルムスは、強欲なナタナエレ皇帝の将軍だ。  姉がいかに力説しようと、人徳があるわけがない。  迎えに来た兵士に伴われ、俺は、リュティス軍の要塞に連れてこられた。要塞は、ゴドウィ河の畔にあった。急ごしらえの要塞とは思えない、堅固な要塞だ。  ここを起点に、リュティス軍は、わがバーバリアンを破った……。  石造りの外観は堅牢だが、内装は、質素実用の、一点張りだった。  いたるところに、鉄や木材が積み上げられている。まだまだ、守りを固めるつもりらしい。  それでも、俺が連れてこられた部屋には、珍しい東洋の絨毯が敷かれていた。緋色の絨毯に、緑の俺の体はよく映える。  これは、カエルの身には迷惑だった。だって、ごわごわした絨毯は、体の水分を吸い取ってしまうから。  だが、捕虜の身だ。俺は平伏して、将軍を待った。  人の気配がして顔を挙げると、2人の人間が、話していた。  一人は、さっき、紹介があった。副官のレイ大尉だ。  もう一人は……。  ……姉さんから聞いたのと、違う。  黒いしっかりとした髪を後ろで結わえた、背の高い男性だ。将軍とはとても思えない、みすぼらしいなりをしている。何かの作業の途中だったのか、泥だらけだ。  ? 将軍が自ら、土木作業をするのか?  恐る恐る見上げると、彼の顔の下半分は、髭で覆われていた。  髪は豊かだが、髭は薄い性分のようだ。  全然、隠せていない。  彼の両頬には、引き連れたような傷があった。  唇は厚く、顔色はなんというか……いろいろな色をしていた。  カラフルで美しいということではない。紫とか、赤味がかった薄茶とか。傷跡を、戦場で強引に縫合した色だ。肌の地の色は、血色の悪そうな、青みがかかった色だ。  ……イケメンじゃない。  俺は深く失望した。  ルクレツィア姉さんは、将軍はイケメンだって、何度も言ったのに。  それも、くどいくらいに念押しして。  それなのに、この人は、どう見ても、イケメンじゃない。  ……姉さんの、嘘つき。  軍服着てないし、それどころか、すげえみすぼらしい野良着みたいなの着てるし。  これのどこに、萌えポイントが?  いや、そこじゃなかった。ヒトはカオじゃない!  将軍は言ったのだ。  ……「美女? それは惜しいことをしたなあ」  つまり、彼がもし、一目でも、姉さんを見ていたら、ロンウィ将軍が捕虜にしたのは、俺ではなく、姉さんだったかもしれない、ってことだ!  ううう、俺の姉さんに、なんてことを……。  しかも、しかもだ!  将軍は、俺のことを、「このままでは役に立たない」とかなんとか言って、置き去りにした。  屈辱!  自ら人質に指名しておきながら、なんたる侮辱であろう。  俺は、怒りに震えた。  逃げるようにロンウィ将軍が立ち去ると、大広間には、俺と、副官のレイが取り残された。  頭の上から、ちっ、と音が聞こえた。  舌打ち?  今、舌打ちしましたね?  ひどい、ひどいです、レイ大尉。 「仕方ねえな。こんなちっこいの、その辺においといたら、兵士共に踏みつぶされちまう。それじゃ、バーバリアン公に顔向けができねえ」  お。意外と優しい。  あのね、レイ大尉。俺は、バーバリアンへ帰りたいです……。 「珍しいもんばかり欲しがって、全く、うちの大将にも困ったもんだぜ」  だから、俺をバーバリアンへ帰らせて? 「そうだ!」  しばらく、将軍の副官とにらみ合っていたが、俺の必死の訴えは、彼には届かなかったようだ。  突如、彼は、両手を打ち鳴らした。 「将軍のハーレムに放り込もう。あそこなら、手の空いてる連中が大勢いるからな。カエルのめんどうくらい見れるだろ。なに、構うもんか。言い出しっぺは、あの人だもん」  ハーレム?  ハーレム、って言いました?  「高潔」なロンウィ将軍は、ハーレムを囲ってるんですか……?
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