6 ロンウィ将軍のハーレム

1/1
前へ
/52ページ
次へ

6 ロンウィ将軍のハーレム

 「気に入らない。気に入らないわ!」 馬が俺を嗅ぎまわっている。いや、馬じゃない。上半身が人間で、下半身が馬の、獣人だ。 「新しい仲間よ、ルイーゼ」  優しく諭すように言ったのは、人間の少女だった。彼女は椅子に座っていた。ロングスカートの裾が、床に、波打つように広がっている。  大変な美少女だった。金髪に白い肌、茶色がかかった薄青い瞳は、透き通るようだ。 「私の名は、シャルロット。ケンタウロスのこの子は、ルイーゼよ。カエルさん、あなたは?」 「グルノイユ。バーバリアン公子だ」 どうせ通じまいと思ったが、礼儀正しく俺は答えた。 「あら、この国の小公子なのね!」  驚いたことに、シャルロットには、俺の言葉が通じた。彼女は、人の姿をしている。何かの獣人が、発情して、人型になったのかもしれない。  ハーレムというからには、いうまでもなく、あのロンウィに発情させられたのであって……、  胸が悪くなった。 「敗戦国の領主の子よ」  馬鹿にしたように、ルイーゼが嘶いた。  上半身は人間なのに、下半身が馬だと、つい、嘶いてしまうものとみえる。 「新しいお仲間に失礼よ、ルイーゼ。さっきから、いったい、何が気に入らないというの?」  咎めるようにシャルロットが諭すと、ルイーゼは再び、嘶いた。 「私たちのハーレムに入れるなんて。あなたは平気なの、シャルロット? ライバルが増えるのよ?」  ひどい誤解だ。  俺は、単なる戦争捕虜だ。ここには、副官のレイに放り込まれたのだ。  俺がそう言うと、ケンタウロスのルイーゼは、鼻を鳴らした。 「だって、将軍の許可がなければ、ここには入れないはずよ? 入り口を宦官が守っているもの」 「か、かんがん……?」 「何を驚いているの? ハーレムにはつきものでしょ?」  そこまで本格的なハーレムだったのか。  軍の要塞にありながら。  いったい、ロンウィって将軍は、どういうやつなんだ?  ケンタウロスのルイーゼは、薄桃色の、光る素材のチュニックを着ていた。襟ぐりが深くえぐれていて、豊かな胸の谷間が見える。栗色の髪は柔らかくカールしており、浅黒い肌は健康的だ。 「大丈夫です、ルイーゼさん。俺はあなた方のライバルにはなりえませんから」 俺が言うと、ケンタウロスの美少女は、柳眉を逆立てた。 「そんなわけないでしょ! ロンウィ将軍の魅力に逆らえる人が、この世にいるわけないわ!」 「いや、俺、カエルですし?」 「いずれ人型になるくせに。キーーーーーーッ、悔しい!」 どうやら、下半身が馬であることは、ルイーゼにとって、大きなコンプレックスらしい。 「そんな風に言うもんじゃないわ。同じハーレムで暮らすのだから。仲良くしましょうね、グルノイユ」  シャルロットがとりなす。  シャルロットは、うちの姉さんより少し、年上のようだ。ルイーゼは、姉さんと同じくらいか。  認めたくないが、2人とも、姉さんを上回る美少女ぶりで、いや、こんなことを言ったら、俺、姉さんに殺される……、  「わーい、男の子が来た!」 窓の外に、小鳥が止まった。翡翠色の尾羽を持つ、きれいな鳥だ。 「仲間仲間!」 「あっ、こら、アミル、うるさい。あっちへお行き」 「やだね。ルイーゼこそ、牧場へ行けよ」 「まあ! ナマイキ! ここへいらっしゃい。踏みつけてやるから」 「やなこった」 鳥とケンタウロスの少女は、にぎやかに言い争っている。  えと。  ここにいるってことは、この鳥も、将軍のハーレムの住人か?  姿はまだ鳥だけど、いずれ将軍は、この子とつもりなのか? 、人型になったら!  「こんな乾燥したところにいて、辛くないかい?」  唖然としていると、足元で声がした。茶色の小さな動物が、鼻をひくひくさせている。  もぐらだ。  将軍は、もぐらとも、つもりなんだ!  もう、頭がおかしくなりそうだ。 「君は?」 尋ねる声が震えないようにするのが、せいいっぱいだった。 「ラフィー。僕に乗りなよ。水場へ連れてってあげる」  この子も、雄だ。 「土の中を行くの?」 恐る恐る尋ねると、もぐらのラフィーは笑い出した。 「吸血鬼じゃないんだぜ? 陽の光くらい、へっちゃらさ」  そこで俺は、ありがたく、その背に乗った。  本当は、さっきから、肌がひりひりしてしようがなかったのだ。 「あら、どこへ行くの、ラフィー」 「キフル川。すぐ帰る」 キフル川は、ゴドヴィ河の支流だ。リュティス軍の要塞のすぐ近くを流れている。 「気をつけていくのよ」 シャルロットが気遣う。 「僕も! 僕も行く!」 「あ、お待ち、アミル!」 「やだね。待つもんか」  鳥のアミルとケンタウロスのルイーゼは、まだ、もめている。  俺を背に乗せ、もぐらのラフィーは、素晴らしい勢いで走り出した。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加