8 夜伽

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8 夜伽

 ロンウィ将軍のハーレムは、キフル要塞の、内庭にあった。  信じられないかもしれないが、テントがたくさん張ってあって、そのうちのひとつが、将軍の住居だったのだ。  軍の司令官が、中庭で寝るなんて。  しかも、テントとテントの間には、空を向いた遠距離砲が置かれていたりする。  小鳥のアミルともぐらのラフィーは、別のテントを与えらえていると言って、さっさと引き揚げていった。  飛び疲れ、泳ぎ疲れて、眠いのだ。  一緒に来るよう誘われたが、後で行くからと言って、俺は、将軍のテントに残った。  是が非でも、彼に会わねばと思ったのだ。 「やあ、グルノイユ。ここに来たのか」  夜遅く帰ってきたロンウィ将軍は、俺を見て、それでも、一応は、歓迎してくれたようだった。  って。  ハーレムに歓迎されてもなあ。 「ここにはいたくない!」 水かきのついた両手を握り、力いっぱい俺は叫んだ。 「ハーレムで暮らすくらいなら、地獄へ行った方がマシだ! 俺は戦争捕虜なんだから、地下牢でも監獄船でも、どこへなりとも移送してくれ!」 「可愛らしい声で鳴くなあ」  将軍は目を細めた。  俺の言葉がわからないのだ。 「じめじめしてたって、病原菌でいっぱいだって、怖い先輩囚人が一緒でも構わない! ハーレムなんかに入れるな!」  さらに俺は喚きたてた。 「おい、ルイーゼ。この子はなんと言っているのだ?」  人間と違って、ケンタウロスや人魚など、半人半獣の「形の獣人」は、バイリンガルだ。人の言葉も、俺ら「時間の獣人」が人型へ変わる前の言葉も理解する。  ロンウィ将軍に聞かれて、ルイーゼは、にやにや笑った。 「偉大なるロンウィ将軍のハーレムに入れて頂いて、大変光栄です、って」  ちがーーーーーーーうっ!  ハーレムに入れてもらって光栄?  誰がそんなこと言うか!  さらに邪悪な笑みを浮かべ、ルイーゼは続けた。 「この上は、一刻も早く発情して、将軍様の夜伽をしとうございます。つきましては、是非とも、将軍様ご自身の手助けを賜りたいものと……」  ル、ルイーゼ。  お前は敵だ! 「うん」 腹黒いルイーゼにあっさり騙され、ロンウィ将軍は、満足そうに頷いた。 「だが、今はまだ、お前たち二人で充分だよ。おいで、ルイーゼ。シャルロットと一緒に、いつものようにしておくれ」  いつものように?  いやいやいや。  じゃない。  ケンタウロスのルイーゼを伴って、ロンウィ将軍は、テントの奥に入っていく。奥に設えられた褥に、人魚のシャルットが横たわっているのが、ちらりと見えた。  俺は飛び跳ね、将軍の誤解を解こうとした。  だが、ぴょんと飛び上がったところを、待ち構えていた宦官に掬い取られ、テントの外に追い出されてしまった。 *  ロンウィは疲れ切っていた。  リュティス帝国の最大の敵は、東のエスターシュタット帝国。前のリュティス王妃の実家だ。  リュティス軍は、強かった。  義勇軍を募り、国民の兵役が実現すると、リュティス軍は、兵士の数で、圧倒的に優位に立った。  リュティス軍が強い理由は、もうひとつあった。  司令官だ。彼らの隊長自らが、先頭に立って、敵軍に突っ込んでいく。命を惜しまず、真っ先に切り込んでいく司令官。その勇敢な姿に鼓舞され、騎兵将校から、農民上がりの歩兵まで、一丸となって、敵のただなかへなだれ込んでいく。  傭兵頼みの連合諸国など、敵ではなかった。  バーバリアン公国はじめ、ゴドウィ河流域の国々は、次々と、リュティスの軍門に下った。  だが、エスターシュタット帝国はしつこかった。その上、リュティス王と共に国外に亡命した貴族たちが、諸外国の援助を得て、戦いを挑んでくる。  亡命者たちは、同時に、ロンウィや部下の将校、兵士らと同じ、リュティス人だった。  リュティス軍は、外国軍ばかりではなく、同胞とも戦わねばならない。そして、亡命軍の中には、ロンウィの親族達も混じっていた……。  ロンウィにためらいはなかった。  彼は、皇帝、ナタナエレ・フォンツェルに心酔しているからだ。  ナタナエレこそが、リュティスを、いや、全世界を平和と幸福に導くと、信じて疑わなかった。  彼は、皇帝を愛していた。  どんな仕打ちを受けようとも。  「明日から、遠征にでかける」 シャルロットの膝(の辺り)に頭を乗せて横たわると、ロンウィは言った。人間なら、膝枕だ。 「え? 急に?」 屈みこみ、ロンウィのシャツのボタンをはずしながら、人魚が言う。垂れさがった金の髪が、柔らかく、ロンウィの顔を撫でる。うっとりと、ロンウィは目を閉じた。 「急でもないさ。まずは、ブランデンを叩いておかないと」  バーバリアンを征服した今、周辺諸邦は、ロンウィの思いのままだ。だが、このまま、東のエスターシュタットへ進軍するには、ブランデンが邪魔になる。  ブランデンは、強力な騎馬軍団を持つ、軍事国家だ。 「危険ではありませんか?」 「大丈夫だ」 目を閉じたまま、ロンウィは答える。 「俺は、前衛だ。これは、攻撃的偵察に過ぎない……」  攻撃を伴うが、あくまで偵察行動だ。今回率いていくのは少人数だから、退却も簡単だ。 「あたしも一緒に行く」 足元の辺りから忍び声が聞こえた。  ルイーゼだ。  ブーツをそっと脱がす気配がした。 「いや、コラーを使う。君は要塞に残れ」  不満そうな嘶きが聞こえた。  ルイーゼは、軍馬と仲が悪い。  特に、大きくがっしりした葦毛、ロンウィの愛馬、コラーとは。 「さ、参りますよ」  優しい声がした。  目を閉じたままのロンウィの体が、ふっと空中に浮かぶ。  そのまま、用意されていたバスタブの中へ運ばれた。  良い匂いのする、温かいお湯に、全身が沈んでいく。 「ふうぅぅぅぅ」 深いため息が漏れた。  ロンウィは、水浴が好きだ。冷たい川の水に浸かり、普段は、自分で自分の体を洗う。彼は元貴族であったが、決して、召使の手を煩わせることはなかった。  母国リュティスでは。  だが、ここは、リュティスではない。そして、シャルロットもルイーゼも、リュティス人ではない。  彼女らは、リュティスの人が知らない方法で、疲れを癒してくれる。  風呂から上がると、柔らかい浴布で、全身を包まれた。リュティスにはない、ふわふわとした、毛足の長い布だ。  ロンウィの体の水気を吸い取った浴布が、そっと取り除かれた。肩から浴衣を被せられ、うつ伏せにされた。4本の優しい手が、体のあちこちをマッサージし始める。  首筋、肩、腰、ふくらはぎ。  強く圧しているわけではないのに、うなるほど気持ちがいい。  全身の澱みが押し出されるような心地がする。お湯に浸かっていた時と同じくらい、体が火照ってくる。  背中の充分なマッサージが済むと、仰向けにされた。被せられた浴衣の前は、はだけたままだ。  再び、マッサージが始まる。  しなやかで優しい手が、首筋、胸、脇をそって、下半身へ降りていく。腰骨の辺りから、次第に中央へ……。  ロンウィは、目を開けた。立ち上がりかけた自分自身に目を向ける。それは、横たわっていてもわかるほどに、はっきりと自己主張していた。  シャルロットは、自分の仕事を良く知っていた。彼女は、自分の職分を、忠実にこなす。  栗色の髪の先が、将軍の内股に触る。将軍の上に、ルイーゼが屈みこんでいる。やわやわと圧する手指が、仰向けの彼の、背面まで揉み解していく。  この、異種の娘たちは、人間をくつろがせ、性的に興奮させる方法を、本当によく知っている。  人間の娘たちより、ずっと。  ロンウィ自身より、もっとずっと。  彼は、あまりにも自分を雑に扱ってきた。体中の傷痕は、勇気の証でもあるが、自分を顧みなかった証拠でもある。  時間は伸び縮み、永遠とも思える快楽が続く。異種の少女たちは、献身的だ。将軍の喜びを最大限に引き出す努力を惜しまない。  体の喜びが、全てを忘れさせてくれる。  親族との軋轢も。  野蛮で残酷な戦闘も。  そして。  苦悩に彩られた恋も。  全ては、異種の少女たちの手で、体の奥からもみ出されていく。彼女らが与えるのは、ただ、喜び。快楽。歓喜。  それ以外はない。  純粋な彼女らの奉仕に、将軍は酔う。全てを手放し、無になることを、自分に許す。  陶酔の後は、深い眠りが訪れる。  それこそが、戦に明け暮れる将軍が、最も必要としているものだ。
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