ヤカーの女王

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ヤカーの女王

 見計らう機会はすぐに訪れた。  新しい惨殺死体が発見されたのは直人が村松と山室と会った三日後だった。ケアセンターの被害者二名と、結城園芸社長結城恭一と同様、肉食獣に噛み裂かれたような、内臓を貪り食われた無残な死体だった。被害者は女性。名前は須藤藍子(すどうあいこ)。テレビは大々的に事件を取り上げた。三件の事件の共通性から同一犯による犯行ではないかと、情報番組のコメンテーターが口にし始めた。  直人は被害者の名前を見て、まさかと不安にかられた。かつて珠子から執拗な電話攻勢をかけられ、ノイローゼに追い込まれてしまい、結局分かれることになった木下藍子と同名だったからだ。苗字が変っているのは結婚をしたからかもしれない。しかしテレビからの情報では確かめることができなかった。  やはり旧姓、木下藍子だったとわかったのは、村松と山室のおかげだった。直人が昔の話を伝えたところ、手を尽くして調べてくれた結果、そのことが判明した。 (まさか、藍子まで殺害するとは)  直人は、藍子を殺したのは珠子に間違いないと確信した。なんという執念深さだろう。それに直人の家族に危害を加える前に城の外堀を埋めていくように自分が関係した過去の人物を殺す珠子に恐怖を覚えた。 「須藤藍子は夫の須藤衛(すどうまもる)と二人暮らし。子供はいなかった。殺害されたのは自宅の居間。夫が会社から帰ってきたら、居間が血の海になっていたそうだ。殺害されたのは午後八時から十時の間とのことだ」  まるで直人ら三人の情報交換室になってしまったかのようないつものカフェで、山室が直人と村松に須藤藍子の奇禍を伝えた。 「春日さん、気をつけたほうがいい。もはやいつ何時あんたの家が化け物に襲われるかわからないぜ」 「はい」  蒼ざめた顔で直人が頷いた。 「陽が沈む前に雨戸はすべて閉めるんだ。三件の襲撃時間は午後八時から深夜二時の間に発生している。化け物は夜になると動き出すみたいだ」 「百鬼夜行」という言葉が直人の脳裏に浮かんだ。だがそれは日本の怪異の話だ。スリランカの悪鬼も同じなのだろうか。 「それから得物は用意してあるか?」 「獲物?」 「武器だよ。化け物への対抗手段」 「ああ、得物ですか。いいえ、家にあるゴルフクラブぐらいしか思いつきません」 「もうちょっと警戒心を持ったほうがいいよ。木刀とか催涙スプレーとかスタンガンとかは買えるだろう」 「なるほど」 「近くにそういった防犯グッズの店があるから場所を教えるよ」 「ありがとうございます」 「春日さん、ご家族には?」 「今日、話をするつもりです」  こうとなったら、家族にも覚悟を決めてもらわなければならない。直人は腹をくくった。
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