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「……高遠、正気か? またどうしてそんなバカ高いブランド店しか並んでいないようなところに……」
苦言を呈するように顔を顰めながら、店長は大きな溜息を一つつく。
最初、俺だってそのつもりはなかった。
身の丈に合わない無縁の場所だってことくらい。
だが、親友である心織がせっかくの二十歳のお祝いだって。
ブランドのスーツが欲しいなんて無茶なことを言い出すから、つい。
やっぱり俺だって、成人式に着ていくブランドスーツに少し憧れはある。
「覗くだけ覗いてみようという、ほんの出来心です。案の定、予算内で買えるようなものは何一つ売ってませんでしたけど」
現実という名の値札を見て、やはり憧れは憧れのままなのだと知った。
心織も俺と同じだ。
奨学金を貰っていないとはいえ、カフスとかタイとかそういった小物しか買えない、とぼやいていた。
情けないかな、俺はその小物すら買う余裕はなく、完全なる社会科見学となってしまったのだが。
「――で、別日にスーツファクトリー辺りを覗こうと思ったんです。そこでも予算オーバーだったら、もう成人式行くのを辞めようかと思っていて」
スーツファクトリーとは、就活生でも手に入る安価でスーツを量産販売している大手有名チェーン店のことである。
「ま、でも同級生で吊るしのスーツなんて着てくる人はきっと誰もいないと思うんですけど」
「ええ?」
どんな高級志向の地元なの、と副店長が驚きの声を上げる。
「あー、俺、生まれ育ったところの成人式に参加ってなると、実は……この辺、なんで」
罰が悪そうに苦笑した俺に、副店長は更に目を剥く。
元々、採用時に俺の家庭の事情を知っていた店長はしまったという顔を副店長の肩越しにする。
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