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乗り慣れたシティサイクルで都会の夜風を浴び、やがて俺は都心から離れた郊外にある“今”の高遠家がある場所へと帰り着いた。
玄関の脇にある狭い微かなスペースに自転車を停め、俺は背負っていた黒いデイパックのジップを開ける。鞄の奥底に沈んでいるであろう鍵を手探りでさがした。
途中、あやまって携帯電話に指が触れ、ディスプレイが明るくなる。既に時刻は夜の九時半近くになっており、明日のために早くお風呂に入って寝なければと思った。
そのままディスプレイの光を頼りに鍵を探し出すと、歩いて数歩もない玄関のドアの鍵穴に差し込む。
ガチャと解除する音が、独りきりの家に虚しく響いた。
「ただいま」
ドアをそっと開け、がらんとした三和土にスニーカーを行儀良く反対向きにして脱ぐ。
もう何年もこの生活を送っている俺は、もうすっかりこの静寂にも慣れたはずだというのに酷く寂しく感じる。
ちらりと華やかな年上の恋人の顔を思い浮かべて、すっかり自身にとって濃い存在となっていたことを独り苦笑した。
俺の母もその存在を知っている――とは言っても、まさか恋人同士だとは思ってもみないだろうが――龍ヶ崎翔琉の家がある六本木のタワーマンションの最上階に、最近は月の半分をそこで過ごしているように思う。
束の間の別れさえも惜しんでしまうほど、何不自由なく甘やかされて、愛されて。
すっかり“龍ヶ崎翔琉”という人物が、当然のように俺の内へ入り込んでいた事実に改めて顔を紅くする。
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