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火照った頬を冷やすように俺は突き当たりに見える洗面所まで進むと、手洗いとうがいを済ませ、勢いよく冷水で顔を洗った。
うわ。
もう、俺……超、恋してますっていう顔してる。
鏡越しに雫が滴り落ちる顔が視界へ入った。認めるには恥ずかしい、完全に恋に堕ちた者の顔した自身に、俺は顔を背けてしまう。
独りの時だって、翔琉のことを想うだけで俺……すぐこんな顔をしてしまうなんて。
ついうっかり他所で翔琉のことを考えないようにしないと、だ。
気合いを入れ、濡れた頬を力強く一度叩く。
同じタイミングで無造作に床へ置いたままのデイパックから振動音が聞こえてくる。
携帯電話のバイブレーションの音だ。
慌てて俺はタオルでざっと手だけを拭くと、まだ少し濡れた指先でデイパックのジップを開ける。
着信の相手は心織だった。
明日の成人式のことだろうか。
受話器マークをタップする。
「はい」
『ねぇねぇ颯斗! こーんーばーんーわ! 颯斗の心織くんでーすよぉー!』
電話へ出ると、心織は酒でも呑んでいるかのようなハイテンションである。
昨年の内に二十歳を迎えていた心織は、一足先に大人の味を口にしその魅力にすっかり虜となったようだ。
「心織、酔っ払っているのか?」
怪訝な声で尋ねると、たいてい酔っ払いはこう答えると言った定型文で返してくる。
『酔っ払ってないよぉ! 酔うワケないじゃん! 明日は朝から成人式だぜ?』
いつも陽気な心織は呑むと、更に陽気になるらしい。
背後には賑やかな雑音が聞こえ、心織がどこか外で呑んでいるだろうことは容易に想像できた。
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