5.クランケ

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5.クランケ

 思春期に入り、両親は彼方と番うことを次第に口にするようになった。  僕に献身的な彼方を見れば、誰もがそう思うだろう。彼方の視線の中に僕への欲を感じるようになったのもその頃だ。彼方を避け始めて、僕は体調がひどく悪化した。  高校で、僕は貧血を起こして倒れた。保健室に現れたのは彼方だった。彼方に触れるだけで体が楽になる。早退し、引きずられるようにして、彼方の部屋に連れて行かれた。部屋でキスをされた途端に、嘘のように体の怠さが消えた。  僕は、ベッドに体を押し倒す彼方を止めなかった。    ⋯⋯僕たちがこうなってしまったのは、きっと間違いなのだろう。   互いに自分の利益ばかりを優先したのだ。  一週間ぶりに大学に行くと、カフェテリアで優希が待っていた。  風邪から体調を崩している間、毎日メッセージが届いた。  こちらが返信しなくても関係ない。  まめなんだな⋯⋯。  眺めるたびに、ほんのりと心が温かくなった。  テーブルの上で指を組み、しきりに動かしている。 「あ、あのさ。もうすぐクリスマスなんだけど⋯⋯。予定、空いてるかな」 「⋯⋯パーティとか?」  人が大勢集まるところは苦手なんだ、と続けると何とも困った顔をする。 「違う。パーティじゃなくて。俺と」 「俺と?」 「一緒に⋯⋯過ごしてほしいんだ」 「優希と? バイト先に⋯⋯とか?」  何かイベントに参加してほしいと言うことだろうか。  意味が分からなくて目を瞬くと、「あーもう!」と目の前で叫ばれた。 「本当にわかってないんだな。そうじゃないんだ」  ──俺は、クリスマスを理智と二人で過ごしたいんだ。  優希は、ぼくの目を見て静かに告げた。 「くりすます⋯⋯」  僕は、大きく目を瞬いた。  口に出したら、なんだかとても甘い響きがあるような気がする。 「そうだ。理智さえよければどこでも⋯⋯。あ、外はまずいのか?」 「冬はいつも調子が悪くて。家族以外と過ごしたことないんだ」  家族と⋯⋯彼方と。いつも、一緒だった。  大学生にもなって、と言われるかもしれないが、本当のことだ。 「クリスマス当日はダメなんだけど。イブなら」 「⋯⋯っ! やった!!」 「ごめん、夕方まででいい?」 「うん、それなら、朝から出かけよう」  まるで太陽のような優希の笑顔が眩しくて、僕は目を丸くする。  優希が僕の手を握ってぶんぶん、と上下に振った。  この男と一緒にいたら、真昼の世界にいられるような気がした。  〈水族館に行こう〉  少し経って、優希からそんなメッセージが来た。  すぐに、OKのスタンプを送った。  大学の帰り道に、駅前の本屋に寄った。  店内には、クリスマスの飾りやラッピングされた商品が溢れていた。  優希はいつも、文庫本に革の表紙を付けている。  気に入っているようだけれど、だいぶ古くなって、すり減っていた。  代わりのものを贈ったら、喜んでくれるだろうか。  クリスマスカードの隣に、小物を置いてあるコーナーがあった。  革製品もいくつかあったが、ブックカバーは僅かだった。  深い緑のカバーと焦げ茶のカバーを手に取る。優希には、どちらも似合うような気がした。  ためすがめつ眺めていると、ドン!と後ろから人がぶつかってくる。  振り向けば、学生服姿の子がふらついてしゃがみこんでいる。 「⋯⋯大丈夫?」 「あ、すみません⋯⋯」  貧血なのだろう。そして、この子は⋯⋯、クランケだ。  ノーマルにはわからないと言う。  でも、クランケには、クランケやドラッグのことがわかる。⋯⋯もちろん、逆もだ。  ドラッグは、同じドラッグやクランケのことがわかるのだ。  店員が声を掛けてくる。 「大丈夫ですか?」  心配と⋯⋯、僅かに好奇の混じった瞳。  幼い頃から、何度も見てきた目だ。 「すみません。気分が悪いようなので、そこの椅子で休ませます。これ、購入しますのでラッピングしておいてもらえますか」  焦げ茶のカバーを頼み、自分用には深緑のカバーを選んだ。  少年に手を貸して、店に置かれている椅子の一つに座らせた。  背をさすっていると、だんだん彼は落ち着いてくる。 「君、クランケなんだろう?」  丸い瞳の人懐こそうな少年は、僕の顔を驚いたように見て、目を瞬いた。 「⋯⋯心配しなくていい。僕もクランケだから」  少年は赤い顔をしている。熱でも、出てきたんだろうか。
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