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3.幼馴染
店の中央には、天井まで届くほどの高さのツリーが飾られている。
金や銀の球が幾つも飾られ、白銀の電飾が煌めいた。
本物のもみの木に目を奪われていると、彼方が笑う。
「理智はいつまでたっても、クリスマスツリーが好きなんだな」
「そんなこと言う彼方だって、ずっと一緒に飾り付けをやってきたじゃないか」
「理智が、一緒にやろうって言うからだろ」
「⋯⋯クリスマスは大抵、病院にいたから」
体が弱い僕は、冬は決まって入院していた。
風邪から喘息様の気管支炎になり、場合によっては肺炎を起こす。
クリスマスだけでなく、そのまま年末年始を病院で過ごすことも珍しくなかった。
入院患者と保護者以外は、小児病棟に入ることは出来ない。
僕に甘い両親は、大きなツリーをせがんだ息子の為に個室をとり、病室に運び込んだ。
彼方はこっそり、僕の部屋に呼ばれていた。
病気にならないのをいいことに、幼い頃から僕に付き合わされてきたのだ。
「彼方のおかげで、クリスマスはいつも、一人じゃなかったな⋯⋯」
思わず呟くと、見惚れるような笑顔があった。
彼方の父は、僕の父の親友だ。
裕福な家庭で育った二人の男は、大学付属の私立中学で出会い意気投合する。
僕の父は弁護士になる為に法学、彼方の父は代々続く病院を継ぐべく医学の道へ進んだ。
弁護士になって少しして、父は母と結婚した。
元々体が強くなかった妻が産んだ子は、生まれた時から体が弱かった。
妻は自分のせいだと言ったが、父の心には一つの不安が生まれた。
⋯⋯これは、もしかして。
第二の性が分かり、一人息子が『クランケ』だとわかった時。
父は親友の許へ、僕を抱えて走った。
その日から、僕のかかりつけは、彼方の父が運営する鷺沢病院だ。
食前酒が運ばれ、軽く乾杯して喉を潤す。
わずかなアルコールでも、普段摂ることはないから、喉がひりつく感じがする。
「大丈夫? これはアルコールも、ほんの少ししか入ってないし、飲みやすいからいいかと思ったんだけど」
「⋯⋯平気」
答える言葉は、いつもぶっきらぼうになる。
彼方の言葉には少しの皮肉も蔑みもない。心から心配してくれているのがわかるのに。
心配されるのが辛くなったのは、いつからだったのか。
前菜もスープも美味しかった。
食べている時、僕たちはほとんど話をしない。
幼い時は、もっとよく話したのに。
彼方は、ゆっくり食べる僕の速度に合わせてくれる。
気がつくと見つめられていて苦しくなる。
ガタン!と大きな音がした。
店を出ようとした客の一人が、ふらついて床に倒れた。
「お客様!」
「救急車を!!」
胸を抑えて倒れる客の顔は蒼白だ。
店内は、にわかに慌ただしくなる。
僕は思わず彼方を見た。
彼方は微動だにしない。
「彼方!」
テーブルの上に置いた僕の手を、彼方はそっと握りしめた。
「黙って。⋯⋯静かに」
店長が急ぎ足で、僕たちの元にやってくる。
一礼して彼方の耳元で囁くと、彼方は「断る」とはっきり告げた。
底冷えのする声だった。
救急車はすぐに到着した。
客が運ばれるまでの時間は僅かなものだったが、僕には果てしない時間に感じられた。
食欲は、とっくになくなっていた。
「⋯⋯帰りたい」
ポツリと言えば、彼方の手が安心させるように僕の手をさする。
長く美しい指が、ゆっくりと僕の指に絡められる。
「怖かったね。もう、大丈夫だから」
少しずつ心が落ち着いていく。
彼方がウエイターに帰宅を告げると、店長が謝罪に現れた。
平謝りする声が、どこか遠くに聞こえる。
僕の不安を吸い取るように、彼方の指はずっと僕の指に絡められたままだ。
彼方が呼んだ車が到着するまで、ソファーにぐったりともたれかかっていた。
車の中で横になりながら、彼方の膝に頭を乗せる。
何度も髪を撫でられるうちに、とろとろと眠くなっていく。
「⋯⋯寝ていいよ」
蕩けるように甘い声で言われれば、顔の上に影がかかった。
額にさらりと髪がかかり、唇が重ねられる。
「んっ、ふ⋯⋯」
舌を絡めて吸い合ううちに、体がじんわりと温かくなる。
眠気が強くなり、急速に意識が遠ざかるのを感じた。
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