6.水族館

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6.水族館

「⋯⋯す、すみません。ありがとうございます。ずっと調子がよかったんですけど、最近は具合が悪くて」 「薬、持ってる? 熱が出てるみたいだけど⋯⋯」 「いえ、これは違う。お兄さん?ですよね。あ、あんまり綺麗だから」 「え? うん。男だよ」 「すみません、おれ、ほんとそそっかしくて」  僕の顔を見ては、うつむいて早口でしゃべる。  目の前でくるくると表情が変わっていく。  なんだか、可愛い子だな。  僕は一人っ子だけれど、弟がいたらこんな感じなんだろうか。  ラッピングの終了を、店員が告げにくる。  代金を支払い、少年と一緒に外に出た。  軽い貧血だったようだが、もう少し休んだ方がいい。  隣にあったファーストフードに誘って、飲み物を頼んだ。  少年は幼く見えたけれど、高校生だった。一年生とは言え、体が小さいのはクランケだからか。  いつも世話になっている人に、クリスマスプレゼントを買いに来たのだと言う。 「おれの選んだものなんか、気に入ってくれないかもしれないけど」 「そんなことないんじゃないかな。仲のいい人なんでしょ?」 「⋯⋯昔は、そうだったけど。最近は、そうでもなくて。おればっかり世話になりっぱなしで」  僕が高校生の時は、世話になった人にクリスマスプレゼントを贈るなんて考えたこともなかった。  今でも、人に世話をされるばかりだ。 「恥ずかしい話だけど、僕は今年初めて、他人にクリスマスプレゼントを贈ろうと思ったんだ。高校生なのに、君は十分偉いと思うな」 「⋯⋯そう、かな」 「僕の贈り物だって、気に入ってもらえるかわからないし」 「何を買ったんですか?」  目をくりくりさせながら聞いてくる姿が可愛い。 「本が好きみたいで、いつも同じブックカバーを付けてるんだ。新しいのはどうかなと思って」  自分用に選んだ深緑のカバーと、ラッピングされたものを見せる。少年は、はっとしたような顔をした。  ⋯⋯優希は、気に入ってくれるだろうか。小さくため息をつくと、少年は僕をじっと見て言った。 「きっと、大丈夫だと思います」  何で僕は、初めて会った子に慰められているんだろう。  思わす苦笑いをする。 「ありがとう」  優希と水族館に行く日がやってきた。  二人で行ったのは、都内の有名な水族館だった。  期間限定で、発光する生物たちの展示が行われている。  まるで海の中で煌めくイルミネーションのように。  男女のカップルばかり目につくが、家族連れや友達同士もちらほら見かけた。 「これ⋯⋯」 「クラゲだよ、見たことない?」 「本ではあるけど、実物見たのなんて、はじめて」  発光して、ひらひらと泳ぐクラゲたち。  レースのような体が、スカートのように舞っている。  水槽の中で泳ぐ幻想的な姿に、声もなく見入ってしまう。  水族館なんて、子どもの頃に来たきりだ。  あの頃も、クラゲはいたのだろうか。 「クラゲが好きなんだ」  嬉しそうな笑顔の後に、優希が言った。 「⋯⋯ちょっと理智みたいだなと思って」 「クラゲに似てるって、どういうこと?」  思わず声を荒げてしまった。いくらなんでも、誉め言葉だとは思えない。  くすくす笑いながら、優希は言った。  ──ごめん、ごめん。儚げで綺麗だって意味だよ。  黙り込む僕の手を、優希はそっと握った。  思わず周りを見ると、皆、水槽の中に見入っている。  優希の手は、僕よりもずっと大きくて温かい。  顔が熱くなって、調子が悪いわけでもないのに胸の鼓動が激しくなる。  手を握り返すと、優希は水槽から僕へと目を移した。  優希の笑顔に、心が温かく満たされていく。  潤んだ瞳が近づいてきて、どちらからともなく、そっとキスをした。  優希のスマホが震えた。 「ちょっと、ごめん」  画面を見て、素早く操作する。  すぐに返ってきたらしいメッセージを見て、優希は楽し気に笑った。 「がんばれ、だって」 「えっ?」 「いや、今日家にいるかって聞かれたから、デート中だって送ったんだ」  僕は、顔が赤くなるのを感じた。  優希に見つめられて、心が震える。  優希は、そんな僕を見て「可愛い」と呟いた。  僕たちは、水槽脇の暗がりで、もう一度キスをした。
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