7.番

1/1
前へ
/15ページ
次へ

7.番

   水族館を出て、軽く食事をした。  食事の終わりにクリスマスプレゼントを差し出す。 「優希⋯⋯これ」 「え? 俺に?」  優希は、目の前で包みを丁寧に開いた。  目を丸くした後に、くしゃくしゃの笑顔になる。 「理智が選んでくれたのか。⋯⋯嬉しい」 「うん。いつもブックカバー使ってるよね? 今のカバーが気に入ってるのかもしれないけど、よかったら」  使ってほしい、とうまく言えない。  今までプレゼントを選んで渡すなんて、ろくにしてこなかったから。 「⋯⋯僕も、色違いで買ったんだ」  口にした途端に恥ずかしさでいっぱいになる。  優希は僕を見つめたまま、テーブルに乗せた手に自分の手を重ねてきた。 「実は、俺も」  優希が小箱を取り出す。中には、革のブレスレットがあった。  細い革が二連になっていて、銀の留め具が付いている。  優希が僕の腕を取って付けてくれる。軽くて腕に馴染んだ。 「⋯⋯ありがとう」 「理智は細いし、色が白いからよく似合うな。受け取ってくれてよかった。実はそれ、ペアブレスレットなんだ」 「優希⋯⋯」  顔に熱が集まるのが分かった。  蕩けるような視線を向けられて、胸が苦しい。 「一緒に、付けてもいいかな」  僕は、真っ赤な顔のまま、ただ頷くしかできなかった。  ──少し足を延ばして、有名なイルミネーションでも見に行こうか。  そんなことを話しながら、店を出て二人で歩く。  繋いだ手には、揃いのブレスレットがあった。優希は黒、僕はアッシュベージュだ。  冷たく吹き付ける風も気にならなかった。  手から伝わる優希の熱が、僕の体と心を癒していく。  一緒に居るだけで寒さも忘れる。  お互いの顔を見れば、自然に微笑みが浮かぶ。  ポケットの中のスマホの振動が伝わってくる。  彼方からだ。何回もメッセージが入っていた。  ──もう少ししたら帰る、と返信したのに。  駅に向かうと、見慣れたシルエットがあった。 「⋯⋯彼方、どうしてここに?」 「いつも位置情報入れっぱなしだろう? いつまでも帰らないから迎えに来た」  ⋯⋯どこで倒れてもわかるように、そうしろと言ったのは彼方じゃないか。 「理智?」 「ああ、幼馴染なんだ」  優希が挨拶しようとすると、彼方は冷えた目で言った。 「⋯⋯わかっているだろう? 理智はクランケなんだ。連れ回すのはどうかと思う」 「俺はドラッグだ。一緒に居れば、理智が体調を崩すことはない」  彼方と優希の瞳が、ぶつかり合う。  二人の出す殺気が、見えない力の奔流を生み出す。  ドラッグ同士の力は、お互いに作用しあうことはない。むしろ、クランケやノーマルに影響するのだ。 「やめ⋯⋯!」  二人は、はっとして力の放出を止めた。  僕は、よろけたところを優希に抱きとめられる。  彼方が唇を噛む。  そして、僕に向かって手を差し伸べた。 「理智、そいつから離れろ。もう時間になる。車を用意してきたから、一緒に帰ろう」 「⋯⋯彼方、僕は自分の足で行く。もう少し、優希と一緒に居たいんだ」 「優希っていうのか。⋯⋯お前、いつまで理智の側にいるつもりだ。(つがい)が待っているだろう」  頭を殴られたような衝撃だった。  ──何だって?  つがい?  耳の奥がガンガンと鳴り響く。  優希と目が合うと、彼は真剣な瞳で僕を見た。  彼方の冷たい声が響く。 「番がいるくせに、他のクランケに近づくのか。それは、単なる親切心か? あいにく、理智のドラッグは間に合っている」  彼方が歩いてきて、僕たちが繋いだ手に目を走らせる。揃いのブレスレットに目を瞠った。  彼方は、もう一度言った。 「理智、俺と一緒に帰ろう」  僕は首を振った。  そして、気力を振り絞って優希に尋ねた。 「⋯⋯本当に、番がいるの?」 「単に⋯⋯血を分けているだけだ」 「優希。そんな相手が、いたんだ」  何も聞かなかった。  だから、優希が僕を騙したわけじゃない。  僕たちの間には、何もない。 「ドラッグが複数のクランケを番にするのは珍しくないからな。別に、お前はそれでいいだろう。だが、理智は?」
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

307人が本棚に入れています
本棚に追加