307人が本棚に入れています
本棚に追加
7.番
水族館を出て、軽く食事をした。
食事の終わりにクリスマスプレゼントを差し出す。
「優希⋯⋯これ」
「え? 俺に?」
優希は、目の前で包みを丁寧に開いた。
目を丸くした後に、くしゃくしゃの笑顔になる。
「理智が選んでくれたのか。⋯⋯嬉しい」
「うん。いつもブックカバー使ってるよね? 今のカバーが気に入ってるのかもしれないけど、よかったら」
使ってほしい、とうまく言えない。
今までプレゼントを選んで渡すなんて、ろくにしてこなかったから。
「⋯⋯僕も、色違いで買ったんだ」
口にした途端に恥ずかしさでいっぱいになる。
優希は僕を見つめたまま、テーブルに乗せた手に自分の手を重ねてきた。
「実は、俺も」
優希が小箱を取り出す。中には、革のブレスレットがあった。
細い革が二連になっていて、銀の留め具が付いている。
優希が僕の腕を取って付けてくれる。軽くて腕に馴染んだ。
「⋯⋯ありがとう」
「理智は細いし、色が白いからよく似合うな。受け取ってくれてよかった。実はそれ、ペアブレスレットなんだ」
「優希⋯⋯」
顔に熱が集まるのが分かった。
蕩けるような視線を向けられて、胸が苦しい。
「一緒に、付けてもいいかな」
僕は、真っ赤な顔のまま、ただ頷くしかできなかった。
──少し足を延ばして、有名なイルミネーションでも見に行こうか。
そんなことを話しながら、店を出て二人で歩く。
繋いだ手には、揃いのブレスレットがあった。優希は黒、僕はアッシュベージュだ。
冷たく吹き付ける風も気にならなかった。
手から伝わる優希の熱が、僕の体と心を癒していく。
一緒に居るだけで寒さも忘れる。
お互いの顔を見れば、自然に微笑みが浮かぶ。
ポケットの中のスマホの振動が伝わってくる。
彼方からだ。何回もメッセージが入っていた。
──もう少ししたら帰る、と返信したのに。
駅に向かうと、見慣れたシルエットがあった。
「⋯⋯彼方、どうしてここに?」
「いつも位置情報入れっぱなしだろう? いつまでも帰らないから迎えに来た」
⋯⋯どこで倒れてもわかるように、そうしろと言ったのは彼方じゃないか。
「理智?」
「ああ、幼馴染なんだ」
優希が挨拶しようとすると、彼方は冷えた目で言った。
「⋯⋯わかっているだろう? 理智はクランケなんだ。連れ回すのはどうかと思う」
「俺はドラッグだ。一緒に居れば、理智が体調を崩すことはない」
彼方と優希の瞳が、ぶつかり合う。
二人の出す殺気が、見えない力の奔流を生み出す。
ドラッグ同士の力は、お互いに作用しあうことはない。むしろ、クランケやノーマルに影響するのだ。
「やめ⋯⋯!」
二人は、はっとして力の放出を止めた。
僕は、よろけたところを優希に抱きとめられる。
彼方が唇を噛む。
そして、僕に向かって手を差し伸べた。
「理智、そいつから離れろ。もう時間になる。車を用意してきたから、一緒に帰ろう」
「⋯⋯彼方、僕は自分の足で行く。もう少し、優希と一緒に居たいんだ」
「優希っていうのか。⋯⋯お前、いつまで理智の側にいるつもりだ。番が待っているだろう」
頭を殴られたような衝撃だった。
──何だって?
つがい?
耳の奥がガンガンと鳴り響く。
優希と目が合うと、彼は真剣な瞳で僕を見た。
彼方の冷たい声が響く。
「番がいるくせに、他のクランケに近づくのか。それは、単なる親切心か? あいにく、理智のドラッグは間に合っている」
彼方が歩いてきて、僕たちが繋いだ手に目を走らせる。揃いのブレスレットに目を瞠った。
彼方は、もう一度言った。
「理智、俺と一緒に帰ろう」
僕は首を振った。
そして、気力を振り絞って優希に尋ねた。
「⋯⋯本当に、番がいるの?」
「単に⋯⋯血を分けているだけだ」
「優希。そんな相手が、いたんだ」
何も聞かなかった。
だから、優希が僕を騙したわけじゃない。
僕たちの間には、何もない。
「ドラッグが複数のクランケを番にするのは珍しくないからな。別に、お前はそれでいいだろう。だが、理智は?」
最初のコメントを投稿しよう!