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彼は私の目尻に唇を近づけると、軽く口付けをした。
「売買の契約日を翌日に控え、私は清々した気持ちでクリスマスの日に劇場へと向かった。その時ロビーで見つけたのが君だ。顔を両手で覆っても堪えきれない涙を流していた。大の大人が号泣しているのを見つけた時は、正直驚いたよ。」
「私は、そんなに泣いてました?」
「あぁ、嗚咽が止まらなくて死ぬんじゃないかと少々心配になったほどだった。」
男性は顔を離すと、次に私の手を取り指を絡めてくる。
「……その時、僕は、自分がとても間違ったことをしていることに気が付いたんだよ。 演劇がこんなにも他人の心に干渉できるものと言うことを初めて知った。まさに感動だった。」
彼は絡めた指を握りしめると私を見て微笑んだ。
「ルディのお陰で、父が残してくれた宝物を失わずに済んだんだ。本当にありがとう。」
「い、いえ、私は、何も……」
私は彼が包むように握りしめる手を見つめながら言葉を発した。
「……じ、実は私も、2年前に母が死んだんです。母は女で一つで私を育ててくれて、私が仕事も慣れて、楽させてあげれるって思った時に心臓発作で急に亡くなったから演劇のあのシーンに感傷的になっていたのだと思います。」
私は大きな溜息を吐いた。
「……それにしても今年も、演劇を最後まで見れなかった。」
嫌味を込めてそう言うと、男性が口を開く。
「じゃあ、来年は最初から最後まで一緒に観よう。」
その言葉に驚いて、顔を上げると、彼は黒い瞳を細めて微笑んでいた。
きっと私の涙を拭いた時にも同じような表情を彼はしていたのだろう。
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