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幕が開ければ、隣人の存在など忘れて、演劇に夢中になった。
毎年、クリスマスに行われる演目。
生活のために親に売られた子どもが幸せを掴むというありきたりなもの。
今年でこれを見るのは3度目。にもかかわらず、私はいつも同じ場面で泣いてしまう。
母親が、涙を堪えながら、
娘の手を離し、去る
残った娘は必死に「ママ」と叫ぶが、
母親が振り返ることはない
ただ、それだけのことなのに
今年も、駄目だ、
ああ、涙が溢れてしまう
一昨年は、涙が止まらなくなったことが恥ずかしく劇場を出た。
去年は、劇場を出なかったが、ハンカチで涙を抑えるために目元を覆っていたから中盤の話が分からなくなった。
今年こそは、全てきちんと見たいのに……
ズボンのポケットからハンカチを出そうと身体を動かした、丁度そのとき隣から腕が伸びてきた。
「……えっ?」
その手には グレー生地のハンカチが。
私は驚き、隣の男性に顔を向ける。
彼は人差し指を立て、“静かに” を表現していた。
男性が差し出してくれたハンカチを受け取るべきか、押し返すべきか、迷っていると、眼鏡を外され、ハンカチが顔に近づいてくる。私は反射的な瞳を閉じてしまった。
すると勝手に、目にハンカチを当てられる。
(……なっ、なんだ?)
離れゆくハンカチから視線を男性へと切り替える。
眼鏡のない私には、ぼんやりとしかみえなかったが、男性の片方の瞳がとても満足そうに細くなったように見えた。
彼の行動に、疑問しか 浮かばない。
私は誰かに操られるように、彼の首元の紐に手を伸ばした。
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