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<9>
週末の午後。
あいにくと天気が悪く、今にも振り出しそうな。湿度の高い、雨空の日。
御大層な梱包のされた大荷物が、僕の邸へと届いた。
一人暮らしゆえ、家族に中身を勘繰られて面倒なこともない。
まずはコレクションルームに運び込んだ。作品を傷めないよう、いつも照明を控えめにしてある薄暗い部屋。
伝票に『貴重品/絵画』と書かれた箱を解き、とりあえず部屋の壁に立てかける。
少女は小さな体とは言え、絵画のサイズとしては30号程度である。人物画としてはおよそ90×70センチほど。
額が軽い木製のものに変えられていたからいいようなものの、金属製だったら運ぶのにも苦労しただろう。
そんなことを考えていると、目の端で一瞬何かが動くような気がした。
「ん? なんだ?」
顔を向けたが、そこには届いたばかりの絵しかない。
……気のせいか。
窓の外でゴロゴロと音がした。どうやら夕立がやってくるらしい。
絵は水濡れ厳禁だ。降り出さないうちに届いてよかった。
踵を返して、梱包に使われていたゴミを片付けようとドアに足を向けた途端だった。
「こんにちは!」
不意にかけられた声は、若いというよりは幼い高い声だった。
振り向くと。
そこにいたのは、その声の主にふさわしい齢の少女。
「な」
咄嗟に言葉が出てこない。
そんな自分のことなどは意にも介さず「紅いドレスを着た少女」は、僕の前で軽やかにステップを踏んだ。
「先生から聞いてるわ。あなたならきっと、あたしのことをずっと大切にしてくれるって。これからよろしくね、瑞樹さん!」
「な……どこから……どこから、お前は、お前は」
そんなこと、とっくに頭の中では理解していた。
眼球だけを動かして視線ををずらす。
そこにあった絵の中には……少女の姿「だけ」がなかった。
消えていたのだ。座っていた椅子だけを残し、彼女の姿だけが!
ーーー知っていたことじゃないか。
だが。
本当のことだなんて、微塵も信じてはいなかった!!!
「、、、な、何なんだ……何なんだ、お前たちは……!」
「は? 何を言ってるの? あたしはこの絵の中の女の子よ。分かってるでしょ? でも実は、決まった名前はないのよね。だからあなたに名付け親になってもらおうと思って。……あら?」
「あ、あ、あ」
「どうして驚いているの? 奥様はあなたのこと、『“あたし“をよく理解した上で引き取ると言ったのだから大丈夫』って言ってたのに。……何をそんなに怯えているの?」
ガタン!!!
後ずさった先にテーブルがあり、勢いよく腰を打ち付けた僕はその場に蹲み込んでへたり込む。
こんな話があるか?
あってたまるか。
絵の中から、本当にモチーフが出てくるだなんて。
そのモチーフが、当たり前のように目の前で話しているだなんて。
いや理由はそれだけではない。僕が恐れて震えているのはーーー
「な……何だよ、そいつは……」
「え」
紅いドレスの少女が不意に、僕の視線を追って振り向く。
窓の外が、空の稲妻でピカッと光る。
次いで、バラバラと雨の降り出す音が聞こえた。
夕立がやってきたようだった。
薄暗い照明が照らし出す部屋。
ついさっき運び込んだ、その絵画の目の前には。
ーーー真っ黒い闇を思わせる、奇妙な人物が立ちすくんでいた。
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