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<11>
廊下を走り、玄関から一目散に外へと逃げ出す。
雷雨はいよいよ勢いを増しており、既に土砂降りと言ってよかった。
傘を持ってくることすら考えず、屋内用のサンダルを突っかけたまま飛び出した瑞樹は、外門の前で立っていた誰かに勢いよくぶつかった。
「ッッッうわっ!!!」
とっさのことで避けられず、お互いに衝突の勢いでよろめき地面へと転がる。
いつもの自分ならもう少しマシな姿勢で受け身も取れただろうが、いかんせん動揺し過ぎていた。
「だ、誰だ……いや! お前!? 、、、なんでこんなところにいる?!」
「……何となく、こうなるんじゃないかと思っていた。今日には届くはずだと、受付の人に聞いたんだよ。君ならきっと、わたしにもあの絵を飾ったところを見せてくれるだろうと思ってね」
それはそれは自慢げに。
やはり俺が勝ったぞ、それ見たことかと見せびらかすように。
相手は、そんなことを思った気がした。
けれども勿論口には出さず、瑞樹は先日まであの絵の所有権を巡って競ったライバルを茫然と見上げた。
彼は泥に塗れ、ずぶ濡れになっても何ごともなかったように立ち上がる。
対する瑞樹の脚はまだ膝が笑っていて、座り込んだまま。
「あ、あの絵のこと……アンタは、知っていたのか」
「ーーー勿論。当然じゃないか。君だってきちんと知ってていて、それでもあの子のことを欲しがっていたはずだ。違うのかい」
「あんなバカバカしい噂を本気で信じてたはずがないだろ! 僕はあの絵をこのまま埋れさせておくよりは、きちんと世に出してやろうと思ってッ」
「お得意のビジネスでかね? 転売や複製は厳禁との無償譲渡条件だったはずだが」
「………!!!!!」
何もかも見抜かれていたのか。
瑞樹が我を忘れて柏木の襟元に掴みかかろうとした時、屋敷の庭先に派手な破裂音が響いた。
あの位置は、ちょうど絵の置いてある部屋だ。
方角から見て北西。日の光の当たりにくい、陰の部屋。
「ああ、間に合わなかったのか……『彼女』が出てきてしまった」
柏木はそう呟くと、瑞樹にはもはや目もくれずに外門を抜けて屋敷の方に走った。
瑞樹はその姿を茫然と見送る。
「……待てよ! ーーー何なんだよ! コレはぁ!!!」
絶叫は、ちょうど鳴り響いた雷鳴にかき消された。
咄嗟に追いかけようとした脚が、壊れた歯車の部品のようにカチリと止まる。
紅のドレス。青い瞳。
そこに宿る、碧いひかり。
ーーー明確なる、殺意。
「ーーーッッッ、あぁもう知らねぇ! ならあんな絵、もうお前にくれてやるよ!」
柏木は恐らく、自分以上にあの絵を欲しがっていた。そこに宿る想いがどんなものなのか、知る由もないし知る気もない。
ならば勝手に持っていけばいい。あんな恐ろしい呪いの品を、うちに置いておけるか。
……もしも帰ってきて残っていたら、燃やしてやる!
瑞樹は舌打ちをして唾を吐き捨てると、その場から一目散に走り去った。
とにかく逃げたかった。
ーーーいくら我が家とはいえ。
あの現場にすぐに戻る勇気は、その時の彼にはなかったのだ。
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