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「……何をしてる!!! やめるんだ!!!」 恐らくは瑞樹が無我夢中で飛び出したからであろう、開けっ放しになっている玄関から屋敷内へと飛び込む。 誰かが争うような声が聞こえる方に柏木が走っていくと、その部屋はあった。 同じく、開け放たれていたドアから見たもの。 それは。 「た……す、け」 小柄な、紅いドレスを着た少女。 ーーーその上に馬乗りになって、彼女の首を絞めている『黒い影』。 「ーーーやめなさい! 離れるんだ!」 夢中で黒い影の肩と手を掴み、少女から引き離す。 黒い影は、少女からは手を離したものの。 柏木に掴まれた手を怯えるような仕草で振り払い、後ずさった。 「あ、あなた……あの男と競って逢いに来てくれてたおじさん……?」 「ああ。無事で良かった」 未だに苦痛と恐怖でぐちゃぐちゃになった泣き顔の少女は、縋り付くように柏木の後ろに隠れる。 「ッッッ……! あたしがあの人……瑞樹と話してたら、突然後ろから現れたのよ。どうしてコイツがここにいるの? どうしてわたしのことを襲ってくるの!?」 パニックを起こして喚く少女を背後に庇いつつ、柏木は床に蹲った黒い影に向き直る。 「ーーー醜い……」 黒い影が、絞り出すような声で呟く。 「そうか……君は、やっぱり」 「みにくい。醜い。醜い醜い醜い。あなたばっかり、明るい光の下で、ずるい。」 枯れ枝のように細い、黒い身を震えながらうわ言のように繰り返すその姿に、柏木はキッパリと答えた。 「そんなことはない」 びくり、と影の肩が震えて止まる。 「君は醜くなんかない。自分一人でそう思い込んでいただけだ。ーーー君は美しい。それを妻に分かって欲しかったから、虚海は絵を描き替えたんだ。『君』の上から、『この少女の姿』を」 「え、え、何……? 何なの? どういうことなの?」 戸惑う少女の手をそっと握り、影の方に近づけようとすると、怯えた彼女が離れようと暴れる。 「何するの! コイツはわたしを殺そうとしたのよ、やめてよ!」 「誤解しているだけだ。『彼女』は君の過去でもあり、君自身でもある」 「は? 意味わかんないんだけど?!」 「この子は昔……まだ『虚海止水』という画家の名が知られ始めたばかりの頃。水無子さんの筆によって、描かれたものなんだ」 「……奥様の? ーーー先生……虚海先生の絵じゃなくて?」 「そうだ。完成品の絵として生み出された後に『外出』できるようになる君たちは、知らなくても無理はないが。 ーーー『虚海止水』とは、たった一人の画家を表すペンネームではない」 一度言葉を切り、ほんの一瞬よぎった迷いを額に手を当てて振り払う。 「ーーー一年ほど前に亡くなった、由岐進太朗先生。君たちは、彼が『虚海止水』だと思っていただろうから、とても寂しかったと思うが。実は、モチーフの発想と下絵は、妻である水無子さんが担当していたんだ。その後、進太朗が着色と仕上げを行って完成していたんだよ。 ーーー『虚海止水』とは、お互いを深く愛し合っていた、夫妻の合作ペンネームだったんだよ。一人では、決して生み出せなかった作品たち。それが君たちなんだ」 外の雨音が、一層激しくなる。 激しい風に揺らされて、雨戸の閉まっていないガラス窓がガタガタと大きな音を立てた。
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