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平静な声を保とうとする柏木の声が、微かに震えている。 水無子はその肩を見て目を伏せたあと、押し黙ったまま膝の上の少女に視線を向けた。 深い悲しみの篭った目を。 代わりに答えたのは、柏木の後ろに隠れていた紅の少女だった。 「ーーー奥様から、アイツは先生とわたしたち絵の仇って聞いてたから……。絵を金儲けの道具としか見てない悪い奴だから、ちょっとだけ脅かしてやろうと思って」 一度のみ、ほんの少し怖がらせてやればよかった。 怪奇現象に腰を抜かす程度の小心者のことだ。強めに脅しておけば、もう複製や転売なんてことはしなくなると思ったから。 でも。 けれど。 「……まさか、この子の下に封印していた『わたしの分身』まで出てきてしまうなんて思わなかった。絵を冒涜し続けることに対する貴女の怒りに反応したのかもしれないわね。この子はわたしの写見だから」 ぽつりと告げる水無子の声が、悲しげに揺れる。突然知った事実を前に、戸惑い気味の少女が言葉を繋いだ。 「ーーーあたしは大して気にしてもいなかったから、コイツのことは奥様にも話してなかったの。いつもどこからともかく現れて、どの絵のモチーフなのかも知らなかったわ。まさか……わたしの絵の下にいたなんて」 「夫は……虚海はきっと絵を上描きすることで、無意識にでしょうがわたしの劣等感たるこの子を封印したんです。あの人の力はわたし以上に凄かった。人外のものが視えないにも関わらず、絵に描かれたモチーフに物語や命を持たせる強い力があった。でも、亡くなったことでそれが弱まったんでしょう。だからーーー出てきてしまったのね」 膝の上の黒い影の頭をひと撫でする。 それからドレスの少女を見て、柏木に向かって告げた。 「この子の絵を無償で譲り渡す前に、契約書にサインをして貰っています。病気や事故など、やむを得ない事情がある場合を除いては終生大切に保管してくれるという約束です。この契約を破った、ないしは守れなくなった場合には返還してもらうことになっていました」 瑞樹は流石にもう、この絵には執着しないだろう。 霊感のれの字もなさそうな、それに輪をかけて信心も真心もあったものではないあの男が、これ以上この子たちを手元に置いておくはずがない。 「……この絵は、本当はあなたに差し上げるつもりでした。虚海の遺言でもありましたので」 「彼の?」 「夫はわたしたち2人の友人である貴方が、時折この絵を見に来てくれることを喜んでいたし、この絵を愛してくれていることも知っていた。それは『この子』のためでしょうか」 水無子が紅いドレスの方ではなく、膝の上の少女に視線を落とす。 柏木はゆっくりと首を振った。 「……申し訳、ない」 「なぜ謝るのですか」 「……」 「そのこと」を口に出すことも憚られ、押し黙ると。 水無子は膝にもたれていた黒い影を起こして、控えめにこちらを指差した。 その影はゆっくりと顔を上げ、しばらく己を生み出した母であり自分の本体でもある女性の顔をじっと見つめた。 水無子が小さく頷くと、コクリと首を縦に振り、そろそろと柏木の方へと近づいてくる。 ああ。やっとか。 やっと君は、私の想いに気づいてくれたのか。 「あなたが好きだったのは、あの頃のわたしだったのね」 かつての想い人が、そう言って少しだけ寂しげに笑った。
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