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「……こんにちは柏木さん。今日もいらしてたんですね」
「おっと。瑞樹くんか」
盛夏。8月。
外のねっとりと暑い日差しとは、分厚い壁とクーラーの冷気に隔てられ、そこはあたかも堅牢な城の中。
まるでその中で大切に守られているかのような、またはそこにしっかりと閉じ込められてもいるような。
その『少女』から目を逸らし、くるりと振り返ると。
そこには、もし自分に子どもがいたなら息子に見えるほど若い青年がいた。
妻を早くに亡くした自分には、実際には子どもはいなかったが。
いや、実際には青年というほど若くはないか。彼はもう40に近かったはずだ。
見た目が恐ろしくあどけない顔立ちをしているので、つい錯覚してしまう。
「君こそ、平日の昼間から随分と余裕があるじゃないか。ここ数年だけでも、恐ろしいほどの成功を収めたそうだが」
「大袈裟ですよ。最近になって少々売り上げが伸びただけです」
「何でも、絵画を使ったネットビジネス? とやらを展開しているんだったかな。私はこの歳だし、そちら方面にはどうも疎くてね」
「そんな大したものじゃないです。というか、今どきネットを使ってない企業の方が余程少なくないですか」
首を竦めて、青年は私から『少女』の方に視線を移した。
「今日の君の『愛の言葉』は?」
「もうしたためて来ましたよ。彼女への気持ちは、いつも僕の心に溢れていますから。おっと、見せませんよ」
高級ブランドの小さな鞄から取り出したその封筒を、彼はひらりと振って背後に隠した。
「それで、柏木さんは?」
「これから書くところだよ。私が見ている『彼女の美しさ』を、飾らずにね」
「虚海さんの描く乙女は、本当に神々しいですから」
にこりと人好きのしそうな笑みを浮かべて、青年は去っていった。
「今日まで毎日通いましたけど、貴方と語れるのも今日までですね。明日『この子』が選ぶのは、きっと僕ですからね」
去り際に一言、爽やかにすら聞こえる捨て台詞を残して。
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