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……私は、目の前にある絵に描かれた彼女の『本当の姿』を知っている。
何故なら、過去に一度だけ見たことがあるからだ。
……本物を。
それはどう弁解しようとも、紛れもない「ズル」なのかもしれない。
この選択は、対等な土俵で行われるべきだ。
だが、信じない者に「あの噂」を信じるように強要することもできない。
たとえこの絵を所有する者に、危険が及ぶ可能性があったとしても。
私はいつものように『彼女』への想いを込めた紙を四つ折りにして、その箱の中に落とし込んだ。
箱の上には、小さな張り紙がしてある。
【運命の人を選びます】
「あたし」を最も愛してくれる方に、あたしを貰っていただこうと思います。
我こそはという方、あたしへの想いを心を込めて綴ってください。
何回手紙をくださっても構いません。ですが読むのも大変なので、1日1枚までにしてくださいね。
あるがままの姿を受け入れてくれる方に、あたしの全てを捧げましょう。
あたしを生涯大切にすると誓ってくださった方。
あたしは「あなた」を選ぼうと思います。
代筆:虚海止水
「全く、『あの人』は……」
困ったものだとこめかみを抑えて、踵を返す。
かの幻想画家が展覧会を行うと聞いた時には、いよいよ加齢性の難聴を疑った。
ーーー人嫌いの変人。
世間からはそう評されている。
表には決して出ず、目立たず、有名になってからは馴染みの画商を通してでなければ絵を売らない人物が、東京の隅の小さな画廊で展覧会を行うと知って。
紹介者がいるか、どこかで偶然見かけたのでもなければわざわざ入らないような……そんなひっそりとした場所で行われた、その展覧会では。
開催期間の後半になって、突然とんでもない企画が始まったのだった。
それは販売ではなく、寄贈だった。
これまでに描かれた絵画のうちでも、現在とは大分異なる初期の作風を色濃く残し、完成度が高いとされる一品。
『紅のドレスを着た少女』
なんと、それを「この展覧会に来て、最も欲しいと思ってくれた人物に無償で譲り渡す」というものであった。
寄贈する相手の選別は、モチーフである少女に宛てた「手紙」に見立てた投票用紙で行う。
単なる枚数の多寡ではなく、あくまで書かれた内容で贈る者を決める、との添え書きがしてあった。
被写体の少女を気取って書かれた文面が、金色の額の下でいやに存在感を放つ。
私はこの勝負で実質的に一騎討ちとなるであろう、自信に満ちた男の姿を思い浮かべた。
美術商の間では、絵画に特化したネットビジネスで急激に売り上げを伸ばしていると注目を浴びた青年実業家。
彼の他にも観に来ている客はいるが「虚海に関する、とある噂」が歯止めにでもなったのか、冷やかしでこの選別戦に参加している物好きは少ない。
「---奪わせるわけにはいかないのだ、『彼女』だけは」
画面の中であどけなく微笑む、深紅のドレスを着た少女をもう一度観て。
私は静かに、その場に背を向けて歩み去った。
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