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「ーーー初めまして、瑞樹さま」 「え? まさか。あなたが、虚海先生?」 「いえ、違います。大変失礼かとは思いますが、虚海は人見知りが酷く初対面の方とはうまく話せないので、代理でわたしがお話しをすることになりまして」 自分は、虚海はおそらく男性であろうと思っていた。 昔イベントで見たのは皆女性だったが、あれは単なる売り子。本人の性別には関係ない。 これまで色々な方法で調べても、ハッキリした情報は出なかった。 それは画家と古い付き合いの友人で、画商でもあるという妙齢の女性だった。 40歳前後だろうか? やけに若々しく美しいが、人の年齢は手で分かる。 シワと、浮き出た血管の隠せないその手は、どう見ても30代の女のそれではない。 「虚海は別室に設置されたモニターカメラを通して、こちらの様子を見ております。ということで、僭越ながら本日の面談のお相手を務めさせていただきます、由岐水無子と申します」 「承知いたしました。よろしくお願いいたします、由岐さん」 ---まぁ、仕方がない。 もしかしたら今度こそ、未だ写真すら見たことがない虚海本人に逢えるのではないかと思っていたが。 「では、早速ですが面談を始めさせていただきたいと思います。わたしの質問に回答いただき、その内容によりあの絵を贈呈する方を瑞樹さまか柏木さまのどちらかに決めさせていただくことになります」 「分かりました」 「ではまず、単刀直入にお伺いいたします。---この絵にまつわる『怪異』について、瑞樹さまは何かご存知でいらっしゃいますか」 「、、、ッ!!!」 ーーーなるほど。そう来たか。 しばし、言うべきことを考える。 だが目の前の女性の瞳は静かに澄んでおり、冗談やからかいで言っている様子はない。 下手な嘘をつけば、印象が悪くなることは明らかだった。 「……ハイ、聞き及んでおります。何でも、幽霊や妖怪の見える、まぁ俗に言う見鬼ですか。そんな“霊力”のある者が手に入れると、絵の中のモチーフが飛び出してくることがあるとか。真偽の確かめようもありませんが、『暗い森の絵から白い服の女性が出てきた』という噂も聞いたことがあります。でも、わたしは本当のことだと信じております」 それは、例のくすねた絵を売り払った相手がその後に体験したという話だった。 本当にこんなことが起きた、信じられないと興奮気味にメールを送ってきた相手のことを思い出す。 名前はもう忘れてしまった。アイツはまだあの絵を、後生大事に持っているのだろうか。 この話も、数多ある虚海絵の怪奇譚の一つとしてネットの海に埋もれているのだろう。 世の中に出回る噂には、どれだけ胡散臭くても大抵の場合は出どころがあるのだ。 火のないところに煙は立たず、というが。 「……。諸説ありますが、概ね仰る通りでございます。では、瑞樹さまはもしもこの紅いドレスの少女が本当に出てきたら、どうなさいますか?」 「どう……と言われましても……。そうですね」 ---知るか。そんなことがあるはずがないのに。 まさか、画家自身がそんな噂を気にして、この厄介な絵を他人にタダで譲り渡すことにしたのか? 「そうですね……勿論。驚くとは思います。---ですが、わたしがこの少女を愛しく想っていることは、何度も手紙に書いた通りです。まずは、わたしのお気に入りの紅茶を淹れてケーキでも振る舞いますかね。そして、なぜそのような力を持っているのか、聞いてみたい」 「なるほど。たとえどのようなことがあっでも、この絵の存在を受け入れ、彼女の心に寄り添ってくれるということですか」 「勿論です。お約束いたします」 「……分かりました。ではこれで面談は終わりです」 「えっ?」 これだけ? これで一体、何が分かるのか? ---これでは、あの胡散臭い噂に関する覚悟を問われただけのようではないか。 呪われた美術品とか、いかにもな曰く付きっぽい品を扱う半闇オークションに参加したことのある瑞樹も、流石に呆気に取られた。 「結果は1週間後に発表させていただきます。既に参加時の文書でサインをいただいておりますが、もしも当選されてお譲りした後には、如何なる理由があっても譲渡、複製、転売は禁止になっておりますので。それだけはご承知おきください」 しかし、それ以上由岐という女からの言葉はなく。 納得できないまま退室を促され、仕方なく足音を立てないよう、静かに部屋を出た。
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