アクアマリンのファーストピアス

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アクアマリンのファーストピアス

「見て。開けちゃった」 むき出しの膝が風にさらされて痛い朝、ミナが後ろから駆け寄ってきて耳を見せてきた。 ミナの白くて小ぶりな耳たぶに、透明のキラキラした石がくっついていた。その小さな石は、ミナの可愛い顔とシャンプーの香りがする髪によく似合っていて、思わず見とれた。 「可愛いね」 そう言うと、ミナはでしょー、と冗談ぽく笑った。 「ね、リコも開けようよ。思ったよりも痛くないよ」 私は頭で考えるよりも先に、うなずいていた。 ピアスなど、今まで一度も開けたいと思ったことはなかった。ただ、5㎜もないのにまぶしいほど光るきれいな石を自分の耳にもつけたいと思った。その石の力で、自分まできれいなものになれる気がした。 放課後、ミナと2人で学校近くのドンキでピアッサーを買った。お小遣いを月に5000円しかもらっていないこともあって、1つで1000円もするそれは高級品だった。ピアッサーの並んだ棚の前で20分以上しゃがみこんで、ミナと相談した。ミナは嫌な顔一つせず、真剣に買うかどうか一緒に考えてくれた。私は、ミナのこういう所がすごく好きだ。 悩んだ末、今月は買い食いをやめることで決着がついた。買うと決めた途端に心臓が強く脈打ち始め、早く開けたいという気持ちはますます昂ぶった。 棚には、耳たぶ用だけでもトップの種類が15くらいあった。シンプルな金銀のボールや様々な色の石が並ぶ中、アクアマリンと書かれたそれに目がとまった。水を閉じ込めたような凛としたきらめきは、一瞬にして私の心を奪った。パッケージには『3月の誕生石☆』と書かれていて、10月生まれの私は少し寂しい気持ちになった。この色どうかな、ミナと聞くと「いいじゃん!リコってブルベだし」と美容家のような返事をしてくれた。 緊張しながらレジでピアッサー代2,000円と消毒液代の200円を支払い、私達はすぐさまトイレへ直行した。幸いトイレには広い化粧室があった。私の胸はバクバクと鳴ってうるさかった。鏡を見ながら、開けたい位置にマーキングをして、消毒液で耳を拭いた。ミナがおもむろにピアッサーを私の耳にあてた。 「ちょっと待って!」 いざ開けるとなると、心の準備が全く出来ていないことに気づいた。ピアッサーの中にあるピアスを見ると、先端が鈍く尖っていて、こんなのが刺さったら痛いぞと脳みそが叫んでいた。ミナは大きい声出さないでよー、ピアッサー押しちゃうとこだったよー、と文句を言っている。私は、去年受けた子宮頸がんのワクチン接種の時を思い出した。あの時も筋肉にズブっと針が刺さり、思わず声が出た。まあ、あれを乗り越えられたのなら、大丈夫だろう。 私は覚悟を決め、ミナの方向に右耳を向けた。興奮気味のミナのカウントダウンが終わった途端、ガチャンッという大きな音が聞こえた。刹那、耳がドクドクと激しく脈打ち始めた。痛みというよりも、開ける瞬間の衝撃音とかつてない耳の脈動への驚きが勝っていた。だが不思議と、愉快で興奮したような気持ちになった。鏡を見ると、自分の右耳に大きな存在感を持ちながら輝くアクアマリンがあった。右耳はものすごく熱を持っているのに、アクアマリンは我関せずと言った顔で涼しげだ。 私は興奮を隠さないまま、くるっと回り左耳をミナに差し出した。ミナは一度やって慣れたのか、興奮した様子はあるものの、緊張感はなくなったようだった。気の抜けたいきまぁすというミナの声がしてすぐ、再びあの衝撃音がし、少し遅れて耳の激しい脈動が始まった。私は、何か特別で優位な集団への仲間入りをしたかのような、これまでにない大きな満足感を得ていた。 私はしばらく鏡に見入っていた。すごい、すごい、すごい。耳に穴があいて、綺麗な石がくっついているだけなのに。一日中耳を眺めていられそうな気持ちだった。耳の熱が心地良い。酔ったような夢見心地のまま化粧室を出て、駅へと向かった。ミナと別れ、一人で電車に揺られているときも私の胸はずっとドキドキしていた。ピアスをおもうとニヤつきが漏れ出し、明日からのピアスが開いた自分を想像しては声を出して笑いたくなった。
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