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無法地帯の中心にある塔は、スラムとは逆に規則が厳しい場所だ。
街の中枢とはいっても政府機関なんて機能はなく、大部分は研究施設として運用されている。
外とはまるで別世界のようなこの施設の生い立ちについて、創設者たる『彼』から聞かされているはずなんだけど、残念ながらあたしはそこまで複雑な事は覚えられない。
「被験者コード認証。キノ・トキシバ、入場ヲ許可シマス」
入り口の認証ゲートで立ち止まり、身体スキャンを通過する。時間はかからないし、どこかを触られるわけでもないけど、何故かゾワッとしてあたしは苦手だ。
一見すると行き止まりにしか見えないゲートの一辺が口を開け、潔癖なまでに白い塔の内部に足を踏み入れた。
技術が集約されている塔内部に窓はなく、一切を隔離された別世界だ。そこにいる人々のほとんどが白衣を羽織り、長く居ると色というものの認識が薄れてしまいそうな気がしてくる。
そして、濃い色の服を着ているあたしはここでも必然的に目立つ。外とは違って誰も何もしてこないけれど、通り過ぎる誰もがこちらをチラリと見ては目を逸らしていく。
別にあたしが異端なわけじゃない。両極端なこの街では、平凡こそ異端なんだ。
「ゴ用件ヲドウゾ」
「ユーリエル=グライアロウはいる?」
エントランス正面に置かれた案内端末に話しかけると、『シバラクオ待チ下サイ』という返答の後に塔内マップが表示された。
赤と緑の光が、それぞれ現在位置と目的地を示しているのだけど……。
「おや、お久しぶりですね」
点滅する隣り合わせの光が意味するところは、説明するまでもない。
「今日はどうしましたか?」
「どうって、プロテクトのメンテナンスだよ」
「もうそんなに日が経ってましたか。それじゃあこちらへ」
すぐ隣まで歩いて来ていた尋ね人は、その金髪を静かに揺らし先を促した。
『彼』ことユーリはこの研究施設の創設者だ。
いかにも温室育ちな青年に見えるんだけど、実際の年齢を知っている人はいない。施設も既に何百年と経つって話だし。
ついでに、それを言ってしまうとあたしは彼より遥かに年上になる。
「全チェック終了です。お疲れ様でした」
終了のビープ音と共に検査カプセルの蓋が開き、息苦しい場所からようやく解放された。
寝ていた体を起こし、軽く伸びをする。
「キノさん、『生前』は確か傭兵でしたよね」
「今もね」
そうでしたね、と微笑んでユーリはメンテナンス装置を終了させている。
別の端末から出力される検査結果を見ながら、彼にしては珍しく、あたしの顔色を窺うように言葉を続けた。
「あなたの行動力を見込んで、一つ依頼したい事があるのですが……。この後、少しお時間いただいても?」
依頼、という言葉で、緩んでいた頭の回路が瞬時に切り替わる。
「構わないよ。ただし、あたしは高いよ?」
「…なるほど。それがお仕事される時の顔なんですね」
それで顔の造りが変わるわけじゃないのに、ユーリは興味深そうにあたしの眼を観察していた。
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