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あたしの性能ではとても処理しきれないな、と見えない雲の上を想像する気分になりながらドアに手をかけたところでもう一度呼び止められた。
「キノさん、工房に戻るのでしたらこれを」
そう言って部屋の片隅にあった冷蔵庫から重そうに取り出されたのは古い瓶だった。
注ぎ口の首を持って何か殴れそうなあの形と大きさは、紛うことなく酒。え、イツカ酒とか飲むのかな?
「あそこは金貨の経費では落とせませんからね」
飲んじゃ駄目ですよ、と苦笑いしながらユーリは酒を持たせてきた。
嗜好品、というより酒厳禁なこの場所に酒があるって事自体驚きだけど、おっちゃんが関わっていたなら何となく納得出来る。
「さすがユーリ」
それに、戻るには酒をまだ調達してなかったしね。
もう一度ユーリに礼を言って、今度こそイツカの私室を後にした。
* * *
それからおっちゃんの工房に戻るまでの道のりは、今日のトラブル続きが嘘だったかのように平穏だった。
工房は意外にも完全に日が落ちた後も明かりがついていて、他の建物からもちらほら人工的な光が漏れている事から、街としての振興が少しでも進んだ様子が窺える。夜に活動しなきゃならないような依頼でもなければこの時間に歩き回る事はほとんどないから、一つ新しい発見をした気分だな。
「おう、早かったな」
「気軽に言ってくれるよ本当」
歩いてくるあたしに気付いたおっちゃんは、すぐ隣の店までお使いを頼んだくらいの軽さで出迎えに来た。
「毎度さあ、何か起きるように下準備した上で忠告してんじゃないかって思うよ」
「んなことやる理由がどこにあんだよ。寝言は寝て言え馬鹿やろう」
あたしには正直全然分からない症状なんだけど、本人曰く、『コアがざわつく』時に忠告をくれてるらしい。
別にそれが原因で不具合や取り返しのつかない事故が起きたという事もないし、逆に忠告された事で色々発見したり、回避出来たという方が多いから、文句のつけようがないんだよね。
ありがたいと言えばありがたいけど、それ以前にトラブルなく平穏に用事は済んでほしい。
「次は寝てから言ってやろうじゃん。んで、材料これで足りる?」
冗談を流しつつ、背負ってきた荷物を下ろしてインゴットを取り出す。
「一、二、三……おう、確かにあいつの作ったインゴットだな」
作業台に並べたインゴットをざっと数えて品質を確認すると、残りの細々とした材料も手にとって並べていく。
全ての材料が揃ったのを確認したおっちゃんは満足げに大きく頷いた後、火が燻る炉の方に歩きながら家の奥を指差して言った。
「完成するまで使って良いぞ」
「お、やった。助かる」
メイスが出来るまで、宿代わりに家を使えるのはありがたい。
野宿が日常で慣れてるとは言っても、屋根があるのとないのとではやっぱり快適さが違う。
研究機関も屋根のある場所と言えばその通りだけど、あっちは宿って言うより病院って言ったほうがしっくり来る。病弱じゃないんだし、常時病院に世話になっていたら傭兵なんてやってられない。
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