二人が描いた足跡

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二人が描いた足跡

「ねえ、なんで母さんは父さんともう一度結婚したの?」  結婚を間近に控えた真咲(まさき)が興味本位で母親の麻紀(まき)に尋ねた。麻紀は遠い日の記憶を思い出し、自然と笑みがこぼれる。 「それはね、あなたの名前が結んだ縁だからよ」 「どういうこと? 私が産まれたの再婚した後よね?」  真咲は誤魔化されたと思い、つい語気が強くなってしまう。しかし、そんな娘の不機嫌さの混じった表情さえも麻紀は愛おしそうに見つめていた。 「でも、本当に“真咲”のおかげなのよ。どこから話せばいいかしら。えっと……そうね、私とお父さんが一度目の結婚をしたころの話から始めましょうか――」  麻紀と夫の正志(まさし)は大学で出会い、すぐに意気投合し同棲をはじめ、四年生の夏に学生結婚をした。苦労はあったが、卒業して落ち着いたらゆくゆくは子供をと明るい将来設計や夢を二人でよく話していた。  しかし、現実は予定通りに進むことはなかった。  正志は卒業後も大学に残り、専攻していた天文学の助教授になった。助教授としての仕事や勉強、研究のかたわら、晴れた夜は観測に出かける日々。休日も同様で、家にいることの方が少ないほどだった。  麻紀は司書になるための勉強を続けながら、家計を支えるために空いた時間にはパートに出ていた。  一緒にご飯を食べる回数が減り、お互いに仕事や勉強で疲れていて、たまに顔を合わせても会話は少なくなっていった。  すれ違う日々が続き、先に()をあげたのは麻紀の方だった。 「あなたと夫婦でいる意味合いを見出せなくなりました」  そう言い残し、離婚届にサインをして麻紀は家を出ていくことにした。それは大学を卒業して、もうすぐ二年が経とうとかという雪が降る日のことだった。  麻紀は誰の足跡もない新雪の上を選んで歩きながら、自分の人生はまだまだこれからなのだと将来を新雪に重ねていた。  独り身になり、それからは自分のためだけに時間を費やした。その甲斐もあり麻紀は早々に司書の資格を取ると、二人の卒業した大学とは別の大学の図書館に就職が決まった。  離婚をして五年以上の月日が流れた冬のある日。その日は朝から雪が降り続く寒い日だった。  いつものように大学の図書館で仕事をしていると、 「あの、すいません。図書館の資料室に所蔵されている教職員用の本を閲覧したいのですが」  と、カウンター越しに男性に声をかけられた。よくあることなので、麻紀は顔を上げないまま、机の引き出しから資料室入室に必要な手続き書類を取りだした。 「それでは、ここに記入をお願いします。それと職員証の提示をお願いします」 「すいません。春からの赴任なので、まだ職員証を持っていないんです」  その言葉に不審に思い、麻紀は顔を上げた。書きかけの書類に書かれた名前はよく知っている名前で、見慣れた癖のある文字をしていた。さらに視線を上げると、優しい顔つきに目の下の(くま)は相変わらずだが、頬は当時よりこけていた。 「……こ、こんなところで何してるのよ?」  麻紀は不意の元夫との再会に驚きの声をあげた。正志は春からこの大学の准教授として働くことが決まり、その挨拶と施設の下見のために来たのだと説明した。  それだけでなく、正志は数年前に所用でこの大学に訪れた際に、偶然に麻紀の姿を見かけて、この大学で働ける機会を探っていたそうだ。  それだけでも、麻紀からすれば驚きと不意打ちの連続だったのにも関わらず、正志はあの頃と同じ視線で私を見つめ、話を続ける。 「あとさ、やっと僕の夢が一つ叶ったから、ここに来て君に会う決心がついたんだ」  正志は鞄の中から一冊の雑誌を取りだし、付箋(ふせん)を付けたページを開いて私に見せてきた。 「小惑星を発見して、やっと承認されたんだ」  正志が小惑星に付けた名前は、二人の夢だった“Masaki”だった――。 「もう一度、僕とやり直してくれないか?」  正志の麻紀への思いは何一つ色褪せてなく、その熱量は麻紀の心の中に長年の生活で積もった雪を溶かすには十分すぎた。そして、雪の下に隠して見ないことにしていた気持ちや想いが顔を見せる。  麻紀は久しぶりに心からの笑みを浮かべる。正志への返事は決まっていた。  二人は一度は途切れてしまった足跡の続きを、また新しく一緒に刻み始めた――――。
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