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『店主、腰痛悪化の為、本日臨時休業いたします 喫茶・軽食 山田』
行きつけの喫茶店の扉の前で呆然と立ち竦んでいると、不意に着信音が鳴った。
〝桜の事で相談したい事があるの。どうせ、クリスマス暇でしょ? 後で寄ってよ。ケンタッキー多めに買ってあるからね〟
『了解。今から行く』と短い返信を送ってスマートフォンの電源を消した。
桜というのは、姪の名前だ。バラ科の落葉樹の事じゃない。しかし、『どうせ、クリスマス暇でしょ?』って何なんだ。その一文はいらないだろ。例年と比べると今年は予定が入る可能性がかなり高かったと言っても過言ではないだろう。まぁ、受験だし。しょうがないんだ。そう言い聞かせるしかない。
店の階段を降りると、風が肌を突き刺した。ダッフルコートのポケットから皮の手袋を出して、いそいそと着ける。ジーンズのポケットにスマートフォンをしまって自転車に乗った。商店街を避ける様に裏道で帰る。カップルなんて見たくない。しかし、物は考えようだ。カップルは確かに勝ち組かもしれない。でも、こんな日に寂れた商店街で過ごすカップルは、勝ち組の中でも負け組に違いない。そう思うと親近感が湧いてくる。温かい目で見ることができるはずだ。
交差点で高校生のカップルとすれ違った。カップルは腕を絡めて、まるで細長い吊り橋を二人で渡るみたいに身を寄せ合ってゆっくりと横断歩道を歩いていた。
……親近感など湧くはずが無かった。
自転車を止め、玄関のドアノブに手を掛ける。既に開いている事に気付いて扉を引くと、誰かがリビングから近づいてくるのが足音で分かった。
「こんばんは」
「おかえりー」
そう言って出迎えてくれたのは桜だった。
「ママは?」
「料理してるよー」
「ケンタッキーじゃないんだ?」
靴を脱いで、向きを合わす。
「ケンタッキーだよ。コールスロー買い忘れたからって、サラダ作ってるとこ」
「そっか。パパは?」
「お仕事―。今日は帰ってこれないかもって」
そう言って、桜は頬を膨らました。
桜の頭を撫でていると、リビングを抜けて姉さんがやってきた。
「おかえり。桜、ちゃんと挨拶した?」
「したよー」
「ただいま。相談って何?」
「食べながら話そうよ。もう、準備できてるし。桜、手洗ってきて?」
「はーい」
「じゃあ、僕も手を洗おうかな」
「あんたはいいの」
そう言いながら、僕の進路を足で塞いで姉さんはこちらを見た。
アイコンタクト。
どうやら、ここで作戦会議やら事前打ち合わせをやるらしい。メールで送ってくれれば早いのに。
「食べながら話すんじゃないの?」
出来るだけ小声で話す。
「要点だけ教えておこうと思って。桜ね、今サンタクロースになりたいみたいなの」
「サンタクロース? 何でまた?」
「シーズンだから、テレビでクリスマス関連の番組が色々やってるでしょ。それを見たみたい」
「可愛い夢じゃないか。それで?」
コートを脱いで腕にかける。
「あなたには、桜にその夢を穏便に諦めさせて欲しいの」
「そのままで良くない? 世界中の子供達に夢と希望を届ける立派な仕事じゃん」
「桜ね、賢いから自分でどうやったらサンタクロースになれるか調べようとしててね。このままだと、サンタのルーツまで調べ上げてショックを受けると思うの。それは避けたいじゃない?」
「……話の流れは分かったけど、それって親の仕事じゃないの?」
「中々手ごわくてね。私じゃ手に負えないの。パパは、今出張で海外にいるし。屁理屈得意でしょ?」
「僕が忙しかったら、どうするつもりだったんだよ?」
「毎年暇じゃない。何か予定あるの?」
「無いけどさ」
「成功したらお小遣いあげるから。がんばって!」
そう言って、姉さんは僕の背中をバシンと叩いた。痛い。
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