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ドローイングショー
「お前の絵が欲しい」
誕生日になにが欲しいのか尋ねてみたら、そんな突拍子もないことを言われた。
十一月二日は眺流の誕生日だ。今目の前にいる親友の眺流(ながれ)は、学校で浮いている僕と仲が良い変わり者だ。僕の絵に執心しているのは知っていたが、描いてほしいと請われたのははじめてだった。
高校から程々に離れている街中のカフェでカウンターに並んでいた。眺流は平然とした顔でブラックコーヒーを啜っている。なぜ好き好んでコーヒーを頼むのか。そろそろ高校卒業間近だというのに、僕はその黒い液体が嫌いだった。
「そんなのでいいのかい?」
「いいんだよ」
「……もっと別なものでもいいんだよ? 三千円くらいのイヤホンとかでも」
「やけに具体的だな。その金あるなら画材に使えよ」
僕の家が貧しいことを知っている眺流は、いつも僕にいろいろと奢ってくれる。普段お世話になっている分、僕も返したい。だというのに眺流が望んだのは僕の絵だった。
絵なんて、道具があればどこでも描けるのに。
僕たちの話を聞いていたカフェのマスターが口を開いた。
「それなら、ここでドローイングショーをやってみないかい?」
ドローイングショー。馴染みの無い言葉に首を傾げる。それは眺流も同じだったらしい。眺流は首こそ傾げないが、マスターにはっきりとした声で尋ねていた。
「ドローイングショーってなんスか?」
「人前で絵を描くショーのことだよ。雪野君は技術も申し分ないし、絵の即興もいけると思う」
「雪野の即興絵か。それもよさそうだな」
確かに、絵はすぐに描けるから特に問題はない。しかし、なぜわざわざ人前で描かなくてはいけないのか。絵を描くことは、僕にとって心象を現わしているにすぎないのだ。そんなものが面白いとは、到底思えなかった。
「なぜそんなことしないといけないんだ? 眺流のために描く絵なんだから、他人なんてどうでもよくない?」
「まあ、お前もそういうなよ。面白そうじゃん。じゃあ、俺の誕生日プレゼントはお前のドローイングショーな」
「……君って変なところで頭まわるよねえ」
珍しく声色が明るい眺流に苦笑する。いつも僕が振り回しているのに、今日は彼に手綱をとられていた。
マスターは人のいない店内を見回し、不精ひげを撫でた。
「そう決まれば、まずは宣伝だな。チラシとか……」
「SNSで呼びかけてみるのも手ですね。俺も手伝いますよ」
「ありがとう、眺流君。私の弟子のお披露目だ。少しは気合入れなくてはね」
僕はマスターから絵の描き方を教わっている。小学一年の頃に親伝いに知り合い、それからの長い付き合いだ。
僕なんかよりも眺流やマスターのほうが張り切っているなと思いつつ、二人が楽しげにしているのを傍観していた。
僕は存外、暖かい空気が好きだ。
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