二、龍神様 猫と出会う の巻

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二、龍神様 猫と出会う の巻

蒼龍神社を出た龍神様が憑依したトカゲの体は便利ではありました。 往来する人間に踏まれる事もなく、地面だけでなく壁を伝って歩く事が出来たからです。 その体のサイズから距離を稼ぐには時間が掛かりましたが、現代の文化、文明を認識するにはちょうど良い時間に思えました。 聞こえて来る人間の言葉や雑音が何を意味するのか、学習する事も出来ましたし。 人間が使っている様々なカラクリも、どんな理屈で動いているのかは分かりませんでしたが、何の為に使っているのかはある程度は理解出来ました。 何をやってるのかまったく不明な物ももちろんありましたが。 ' 人間がしきりに手にした小さい板を指で触っているが、アレは一体何であろう? ' 流石に神の僕である龍神様でも突然現代の文明の利器のすべては分かりません。 しかしその『分からない』と言う事も、より好奇心をそそられて楽しむ事が出来られた様です。 ' アレで何をしているのかもその内分かるであろう ' そうして龍神様は人里を探検しながら、看板に書かれている文字や聞こえて来る人間の言葉からあっという間に現代の言語を学習していかれました。 『神の僕』の能力は伊達ではないのです。 とは言っても万能の力でもありませんでした。 出来ない事もあります。 例えば憑依しているこの体、トカゲの本能的な行動です。 定期的に立ち止まって、餌となる昆虫を食べる事、とか… 龍神様は本来この世に満たされているエネルギーを自らの力に変えています。そのエネルギーは龍脈の上ではより効率的に補充されます。 その龍脈の上に今の蒼龍川があるのですが、そこに五千年以上も眠っておられたのですから、大昔の戦いが如何に激しいものだったかが窺えると言うもので御座います。 話が逸れましたが、トカゲの生命維持の為に食事は必要です。生存本能に関わる行動は龍神様でも止める事は出来ません。 憑依している間にその体が死んでしまうと、龍神様も命を落としてしまうからです。 故に仕方のないことと分かっていても正直今の体でこの食事の様子を見るのは気持ちの悪い光景だったことでしょう。 そうこうしながらも楽しみながら進んで行かれると、珍妙な事が書かれている紙が貼ってあるのに目を止められました。 ' … なんだコレは… 猫なぞ信じて何になるのだ? ネコと和解せよ?? 人間は猫と喧嘩でもしたのか? 全くもってわからぬ… そもそも猫など自由気ままな動物であろう。ここまで来る間にも猫は見掛けたが人間と仲が悪いとは感じなかったが? ' 龍神様は苦笑しておられました。 '猫など信じても人間に益などなかろう? 信じるなら我を信じる方が絶対良いわ ' 実際、蒼龍神社での人々の祈りは龍神様に届いていて、その祈りは眠っている龍神様から溢れるエネルギーで人々に還元されていたのですから。 '愚かしい事を考える人間も居たものだ。実に滑稽よな… ' 龍神様はそこ迄考えているうちに背後に忍び寄る黒い影に気付かれました。 'な、何奴!? ' 龍神様はトカゲの本能的行動と相まって距離を取って逃げ出されました。 トカゲの目は後ろに黒い巨大猫を確認しています。 急ぎ逃げ出したものの、その巨大猫は龍神様の、いえトカゲの後を追っていきます。 'いや、巨大猫ではない… 今は我が小さいのであった! … そんな事はどうでも良い。今この体を猫なんぞにくれてやる訳にはいかん! ' 龍神様はご自分の命のことよりも、ここまで自分の都合で付き合わせたトカゲを死なせてなるものかと必死に逃げられましたが… そこは逃げ場のない行き止まりでした。 'クッ… たかが猫の分際で我を追い詰めるなど… 格の違いを思い知らせてくれる! ' と言う龍神様の気持ちとは裏腹に、生存本能で逃げるトカゲは壁を登りだします。 しかしこの黒猫の目の前で壁を登るのは自殺行為でした。 この場をやり過ごす為に龍神様が取った行動は… 'トウッ!(龍神様の心の声) ' 龍神様は霊体化させた自身の身体をトカゲから抜け出させると、眼前の黒猫の体に改めて憑依されたのです! 黒猫は雷に撃たれた様に体を硬直させ全身総毛立ち、尻尾も脚もピンッと伸び切っていましたが、龍神様が徐々に猫の体を支配されると、尻尾を降ろされました。 壁の上の方には先程まで体を借りていたトカゲが逃げていました。 龍神様はトカゲの無事を確かめるとホッと胸を撫で下ろされたご様子。 「モモ~!モモ~!」 '何やら人間の声がするな? 桃を探しているのか? ' すると、黒猫がクルッとその声の主の方に向きを変え走り出しました。 '何事か!? 止まれ!止まれ猫よ! ' 龍神様は猫に憑依した筈でしたが、その意に反して猫の体は勝手にその声の主の足下まで走って行きました。 「モモ~、何処行ってたんだぁ?」 黒猫は声の主である人間の足に頭を擦り付けると、人間は猫の頭を撫でまわし、優しく猫を抱え上げました。 「さ、家に帰ってご飯食べよ」 黒猫は大人しく人間に抱えられています。 '…この猫の飼い主か?… しかし何故黒猫なのに『桃』なのだ? ' 龍神様がその黒猫の名の由来を知るのは少し後の事。 今日はどうやらこの人間の家に帰るご様子です。 では、今日のお話はこの辺りで。
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