三、黒猫のモモ の巻

1/1
前へ
/14ページ
次へ

三、黒猫のモモ の巻

黒猫モモの体に憑依した龍神様は、飼い主の若者に抱かれその者の屋敷に到着されました。 玄関に着くとモモはひょいと下に降り、家の中に上がりました。 'おい、猫!お前は我の意思に反して勝手に動くでない!… おかしい…先程もそうであったが、我の意思通りに動かぬぞ ' そうです。本来生命維持に必要な行動以外は龍神様の意思でなければ好きには動けない筈なのですが、このモモと言う猫は明らかに自分の意思で動いているのです。 龍神様の力は絶大です。ですがモモには何故かその力が及んでいない様です。 龍神様は不思議に思いましたが、その時はそれ以上深くは考えられませんでした。 龍神様は神の僕なのですから細かい事は気になされないのです。 'まぁ良い。しばらくはこの猫の体で様子を見るとしよう ' 勝手知ったる屋敷内をモモは歩きます。 そしてある柱の前まで来ると、立ち上がりその柱に備え付けてある爪研ぎでガリガリと爪を研ぎ始めました。 'オオゥ… この爪研ぎというのは存外に心地よいな… ' 龍神様はモモの体を通して感じる新鮮な心地良さを味わっておられました。 '我も本来の体でこれを試してみたいが山の形が変わるからな… しばらくはこの猫の体で楽しませてもらうとしよう、オオゥ… ' 龍神様もこの爪研ぎを気に入られたご様子です。 そうしていると人間の声が聞こえて来ました。 「つかさ~、モモに餌をあげて頂戴~」 「は~い!」 人間の女の声と先程の若者の声です。 'ふむ、あの者の家族か?あの者の名前はつかさと言うのか ' 『水森 司』。これがモモの飼い主の名前でした。 女の声はこの司の母親の声でした。龍神様にはどうでも良い事でしたが。 司はモモの餌が入っている缶詰を『カパッ』と開けました。 するとモモは爪研ぎの感触を楽しんでいた龍神様の意思をよそに、タッ!とその缶詰の音の方に走り出しました。 龍神様もその音の方向から何ともそそられる匂いを感じました。 '何とも言えぬ良い香りがするが… 猫よ、そこまで走らなくても良いではないか!' 食事は生物の本能的行動ですが、先程まで憑依していたトカゲと違い猫はもっと高度な生き物です。 龍神様はもう少し理性的な行動が出来るものと思っていましたが、モモはどうやらそうでもない様です。 龍神様はコントロールの効かない乗り物に乗っている様な気分だった事でしょう。 モモは餌の用意をしている司の足下まで来ると尻尾を揺らしながら司の足に頭や体を擦り付けています。 「はいはい、モモ待ってね」 司は急いで餌を器に移していました。 'うむ、良い匂いだ… これは魚か? ' 「はいどうぞ~」とモモの顔の高さ程の台の上にその餌の入った器を置いた。 モモは待ちきれない様子で器に顔を突っ込んで食べ始めました。 'むむむ!?見た目と違って中々の味と食感ではないか!良いぞ、つかさよ! ' 龍神様もこの猫が食べ易い様に作ってある餌の味が気に入った様です。 ひとしきり餌を食べた後、モモはまた別の場所に移動しました。どうやらトイレの様ですね。 砂の入った箱の中に入ると用を足しました。 '… 我はこの様な行為には縁が無かったが… 何やらスッキリするものなのだな。少々臭うが… ' 龍神様は気にされていませんでしたが、モモは雌猫でした。 再びモモは家の中を歩きます。何やら目指す場所がある様です。 この屋敷の縁側にそびえ立つ不思議な木の様な高さの柱。何やら細い縄でグルグルと巻いてあり、何枚かの板が上に向かって着いています。 それはいわゆるキャットタワーと言う物でした。 モモはその板にヒョイと飛び乗ると、また次の板に飛び移りました。そして更に上の板に乗ると天井はすぐそこにありましたが、その一番上の板には柔らかい感触の箱が置いてありました。 モモはその箱に入ると体を丸めて休む体勢に入りました。 ' なんだ猫よ、もう休むのか?… 我はもっと散策したいのだが… ' 龍神様はまだこの屋敷内についてももっと見たかったので、モモの体から抜け出そうとも考えましたがもう少しだけこの猫の体に留まる事にしました。 '慌てる事はない… ' 以外に広い庭が見えますが、外はすっかり暗くなっていました。 屋敷のどこからかまた何やら良い匂いがして来ましたが、モモは動きません。 どうやら司とその家族も夕飯の時間の様です。 この司の家族は両親と姉がいる様です。 聞こえて来る会話から龍神様はそう思われた様です。 いつの間にかモモは眠っていました。 龍神様もウトウトと一緒になって眠りに入られたご様子です。 しばらくして、龍神様は庭の方に何かの気配を感じました。 龍神様の意識とほぼ時を同じくしてモモもその気配を察知して顔を上げました。もしかしたら龍神様よりも早くモモが気配を感じていたかも知れません。 '縄張りに何か入って来たか?… いや少し違うな… この気配は… ' 龍神様が考えている間にモモはサッとキャットタワーから飛び降りると縁側のサッシをガラッと少し手で開けると音も無く庭に降り立ちました。 'こやつ… 中々賢いではないか。だが…この感覚は… ' この気配は野良猫や野良犬の気配ではありません。もっと別の動物の様です。 モモは庭にある畑のある方をジッと見つめています。 するとガサッと黒い影が現れました。それはモモなどより遥かに大きい『猪』でした。 「フーッ!!」 モモは全身の毛を逆立たせて猪を威嚇しました。 'フム、猪か。どうと言う事も無いが… この猫の体では勝てんな。止めておけ、猫よ ' 龍神様はモモの意識に語り掛けましたがモモは威嚇を止めません。 '仕方が無いのう… この体では奴には勝てぬし… 今度はあの猪の体を使うか… ' 龍神様はモモに憑依した時の様に、今度は猪の体に乗り移る事を考えていました。 するとモモは何と自ら猪に先制攻撃を仕掛けたのです! 'ま、待たぬか猫よ!お前では勝てぬと言うておろうが!' 龍神様がモモの体を離れようとする前にモモは猪に飛び掛りました! 龍神様は慌ててモモから猪に乗り移ろうとしましたが、何故かモモの体から抜け出る事が出来ません。 'なんだとぉっ!? ' 龍神様もビックリです。 猪も真っ直ぐにモモに突っ込んで来て、龍神様も' 殺られる!'と思った瞬間にモモは素早く横にあった木を利用して跳んで避け、方向転換したかと思うと猪の腰辺りに爪を立てました。 龍神様は予想外のモモの身体能力の高さに舌を巻きましたが、それが猪の闘争本能に火を点けたのは明らかでした。 龍神様は流石に今度こそと思い、モモの体を抜け出そうとしました。 しかし… '抜け出せないだと!?… 何故だ!? ' 龍神様は先程は集中する時間が無かったから失敗したのだと思っていましたが、そうではありませんでした。 ' 何だこの猫は!?…が体に施してあるではないか!! そうです。この黒猫のモモには何故か封印術が仕掛けてあったのです。 さあ龍神様はこのピンチをどうされるのでしょうか? それは次のお話で。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

14人が本棚に入れています
本棚に追加