七、言い伝えと厄と の巻

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七、言い伝えと厄と の巻

水森家の長であり司の父である衛は、自分が勤めている蒼龍神社の祭神である龍神様が、強力な封印術を施してあるモモに憑依している事を知り、驚愕と動揺で青ざめていました。 『フム… お主の名は何と言うのじゃ?』 龍神様はまず衛の名前をお尋ねになりました。その方がコミニュケーションが取りやすいとお考えになったのです。 「えっ?… 私は水森 衛と申します」 『まもる、か。お主いつも我の傍に居ったのぅ。気配をいつも感じておったぞ』 「は、はい!恐れ入ります。僭越ながら蒼龍神社の神主のお役目を務めさせていただいている内の一人で御座います!」 衛は龍神様が自分の事を認識してくださっていた事に感激していました。 『なるほどの、神主であったか。まぁ我はずっと眠っておっただけじゃが世話になったのぅ』 「とんでもないです!」 『まぁ分かった。一応お主の家族の名前も紹介するがよいぞ。あ、司は知っておるから飛ばせ』 「飛ばせって…」 司はモモにマウントを取られてる様な感じで複雑な気分でした。 「は、はい。まず妻の郁(あや)で御座います。そして長女の穂(みのり)で御座います。司は今、龍神様が乗り移られているモモの世話をしております」 『うむ… なんぞお主達?顔が固まっておるぞ』 一同「あ、アハハハハハハ… 」 衛も含め皆顔を見合わせて引き吊った笑いをするしかありませんでした。 『まぁそろそろ本題に入ろうぞ。この猫、モモは何者ぞ?四神封印が施してあるのは何故じゃ?』 龍神様の問いに衛は真剣な表情になりました。 「… 龍神様、あくまでも水森家に伝わる言い伝えですので不明な点も多い事をご承知おきください」 『うむ、話すがよいぞ』 衛は呼吸を整えると語り始めました。 もう何百年か分からない程の昔、水森家に一匹の衰弱した黒猫が迷い込んで来ました。 衛の祖先はその猫が元気になるまで看病し、そのまま飼い猫となりました。 その黒猫は猫としては異例に長生きをしました。 やがて黒猫は子を沢山産みましたが、一匹だけが黒猫でした。 その黒猫には『』と名付けられました。 その仔猫に名前を付けた日の夜、水森家の皆に声が聞こえました。 『今から言う事を代々言い伝えよ… まずこの壱を守り育てよ。 次にその壱が産む子の中に黒猫が産まれたら、その猫には壱に続く数の名を与えよ。 最後に… この壱には必ず四神封印を施しておけ。さすればいずれ訪れる厄(わざわい)を打ち祓うであろう』 その三つを言い残すと、助けた黒猫は息を引き取りました。 そして言われた通り、壱には四神封印が施されました。 封印は当代随一の陰陽師が行いました。 壱以外の猫は普通の猫と変わらない寿命でしたが、壱は親猫と同様に非常に長生きでした。 その後『弐』が生まれ、また『参』が生まれ、時が流れて行きました。 衛の代には『九十九』(ツクモ)が居ました。 そして司が生まれた年に産まれた黒猫に『(モモ)』と名付けたと言う事でした。 これが衛が知り得る水森家の言い伝えでした。 司もモモの名前の由来を初めて知った様です。 『ふむ… なるほどのう。我が眠っている間にその様な事があったのか。うむ、相分かったぞ』 龍神様は何やら思い当たる節があったご様子でしたが、それはまだ口にされませんでした。 『時に… お主達、最近変わった事は無かったか?』 龍神様の問いに真っ先に司が答えました。 「そりゃ、モモに龍神様が取り憑いた事で… 」 「司!失礼な事を言うな!」 慌てて衛が司を叱責しました。 『… まぁ、まもるよ、許してやれ。司の気持ちも分かるでの』 龍神様はその程度の事では怒ったりされないのです。 『司、お前の気持ちはもっともであるが… 我の事以外で変わった事に気付いた事は無いか?』 「例えば?」 『そうさのぅ、普段姿を見せぬ獣が現れる様になったとかの?』 するとそれ迄黙っていた司の姉の穂が口を開きました。 「そう言えば… 友達の家の畑が猪に荒らされたって… 」 すると母親の郁も口を開きました。 「確かにそんな話を私も何件か聞いたけど… 猪がこの辺りまで降りて来る事なんてたまにある事でしょう?」 『実はのう… 昨夜我は邪な気を放つ猪と出会っての、ここの庭で』 一同「え!?」 『我がその邪な気を滅して猪は山に帰ったが… この屋敷の庭に畑は無かったのう』 「本当ですか!? 確かに我が家の庭には畑はありません… 」 衛は何やら考え込みだしました。 『我は本来憑依した者を操る力があるのじゃがの。このモモは我の力を殆ど受け付けぬ。我は水神でもあるから風呂に入った時は我の力の方が勝ったがの… 』 「ああ!だからお風呂でモモの挙動が変だったのか!」 『そうじゃ。司から見ればさぞ滑稽だったであろうの… しかし我も昨夜庭でこの体で暴れたから風呂には入りたかったからの』 「… あれ?でも龍神様はモモの体操れないって… 」 『うむそれぞ。モモはの、この小さき体で猪に戦いを挑んだのじゃ。そこで我も少し本気を出しての。手伝った訳じゃが… 四神封印してあるじゃろ? 本来これが我を封じる為の封印ならば我の力は出せぬのじゃが、これはモモの中の何者かを封じる為の物だったからの。我も本気を出せば力を発揮出来た訳ぞ。 だからの、何度もモモに正体を問い質しておるじゃが… こ奴はわざと我を無視しておってのぅ』 龍神様がそこまで話された時に、何やら考え込んでいた衛が話に入って来ました。 「龍神様… 実は蒼龍川の上流の方の山で最近行方不明になっている人が複数居まして… 」 衛はおもむろに自分のスマートフォンを取り出しました。 龍神様も興味があった、あの謎のカラクリの板です。 「これは遠方から連絡を取ったり情報を共有する為のスマホと言う機械なのですが、これで救助を求めて来たそうです。その時の様子が見られるのですが… 」 衛はスマホの画面を龍神様に見せました。 『ほう、その様な便利な代物だったのか!』 龍神様はスタスタとスマホの前に来て顔を近付け、その様子を食い入る様に御覧になられました。 画面では森の木の奥を影の様な何かが流れる様に動いている様にしか見えません。 しかしそれを見た龍神様は顔を上げ言われました。 『この人間達は見付かったのか?』 「… いいえ、まだ見付かっていません… 」 『… であろうのぅ。この動いておる影、これはあれじゃ。大蛇(おろち)の子じゃ』 「おろち!?ニシキヘビか何かでしょうか?」 『は?ニシキヘビ?何を言うておる。その様な小さき蛇ではない。子とは言え大蛇ぞ。ニシキヘビなぞ大蛇の子と比べたらミミズみたいなものじゃ』 一同「な!?」 『行方知れずの者達はとうに奴の腹の中であろうの… 残念じゃがな… 』 「ど、どうしましょう… 捜索隊が連日捜して居ますが… 」 『昼間なら問題無かろう。奴らは日が暮れてしまってから動き出すでの。とは言え放ってもおけぬ。アレは普通の生き物ではない。物怪の類であるからの… 我が出向くしか無いが… 』 「しかし… 今の龍神様はモモの体から出られないのですよね… 」 『うむ、それよな。まもるよ、お主は住民に山へ入る事をやめさせよ。そして司、お前は蒼龍川の水を汲んで我と一緒に着いてまいれ』 「えぇ僕が何で!?」 『お前、このモモの飼い主であろう?心配ではないのか?』 「そ、それは… 心配だけど… 」 『住民への入山禁止を頼むのはお前では駄目じゃ。大人でなければ言う事を聞くまい。それに、お前は母や姉に行かせる気か?』 「う… 」 『男じゃからのぅ… なぁに何の心配も要らぬ。我に着いて来て、我が合図したら蒼龍川の水を我に掛けよ。さすれば我の力が発揮出来る。我が力を出せば大蛇の子なぞ赤子の手をひねるより簡単に退治してくれる。それに… 』 「そ、それに?」 『このモモ、こ奴も行きたい様じゃぞ? 仮にも厄を打ち祓う為に四神封印されとる様な奴がこのモモぞ。心配は要らぬ』 「… 」 さて、何やら本格的に龍神様とモモ、そして司の冒険が始まりそうな所ですが… 今日のお話はこれにてお終いです。 いきなりの大蛇退治、上手く行くのでしょうか?それはまた次のお話で。
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