感謝

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感謝

 拝啓 木村先生へ  この度、教員をご辞職されるということで連絡が取れなくなると思い、最後にお手紙を書かせていただいています。2年前に先生が担任をしていた3-2組の卒業生の丸山雪です。お久しぶりです。先生には3年間担任をしていただき、ほんとに感謝しています。先生がいなければ私は3年間耐えられなかったと思います。  3年間受け続けたイジメ。相談した時に、私に寄り添ってくださった先生のことがほんとに大好きでした。3年間いじめを受けていたなかで、さまざまなイタズラをされてきました。上履きを隠されたり、体操着をゴミに捨てられたり、話したこともないクラスの男子とキスをさせられたり。でもそれはまだ可愛いほうだったと思います。私の中で特に忘れられない事件があります。  それは、私の両親に対してのイタズラです。私の両親は、共に定食屋を経営していました。両親が結婚した時からの夢で、いつも「お金が溜まったら店を開くんだ。」と言っていました。そして中学3年生の頃、両親はついにお店を開きました。お店で働いている時の両親は特に輝いてみえました。念願の夢を叶えて、幸せそうでした。しかし、その幸せは長くは続きませんでした。高校一年の夏、朝投稿すると黒板に私の両親のことが書かれていました。名前、生年月日、見た目の特徴。さらには、2人が経営している店についても書いてありました。「料理が臭い」「虫が入っている」など、ありもしないデタラメが黒板を埋め尽くすほどに書かれていました。それをみた私は心底震えました。その頃から私へのいじめは始まっていましたが、なぜ、なぜ私の両親に対してもこんなことをするのか。私には到底理解ができませんでした。黒板をみた周りのクラスメートがそれをおもしろがり、「まじかよゆきー、お前親も汚ねえのかよ笑」「親の遺伝子受け継いでるのかやっぱり笑」と言いだしました。そして1人の男子が「口コミサイトに書こうぜ」と言いました。やめてくれ。私はそう思いました。ただ、口に出すことはできませんでした。怖かったんです。さらにいじめられるんじゃないかって。すると、周りのクラスメートはそれに賛同し、それぞれが口コミサイトに書いていきました。「ここの店の飯は臭い」「店主が異物入れてるらしい」「超まずい!」私の両親の店は、ちょうど口コミによって評判が広まってきていた時期でした。なので、クラスメートによる口コミはすぐに広まってしまいました。この日を境に店への来客が極端に減っていったのです。さらに、何人かのクラスメートは店に張り紙をしました。「こんな店やめちまえ」「まずい」私の両親の店は1ヶ月もしないうちに売り上げが無くなってしまいました。「きっと何かの間違いだ」「すぐ元に戻る」と私の両親は言っていました。でも、私は知っていました。両親が私が眠った後に2人で泣いていたことを。客も来ないのに、私の両親は毎日店の準備を続けました。借金をしてまでも、店を続けました。ただ、状況はなにも変わりませんでした。結局両親のお店は、クラスメートに口コミサイトでデタラメを書かれてから3ヶ月ほどで閉店することになってしまいました。自分たちの夢を、デタラメによって壊された私の両親は精神的に病んでしまいました。私の母は幻覚・幻聴を聞くようになり、私の父は暴力を振るようになってしまいました。私の家族は壊れてしまいました。  この時も先生は私に寄り添ってくれました。朝のホームルームが終わってから先生に廊下へ呼ばれ、大丈夫かと聞かれ、泣きながら先生に抱きついたことを覚えています。先生も泣いていて、「きっと大丈夫だから。」と言ってくださりました。それは私の励みになりました。「きっと大丈夫」この言葉を命綱にして、日々頑張っていました。両親の店が閉店した時も、「きっと大丈夫」そう言ってくださりました。先生の大丈夫ほど信頼できるものはありませんでした。そして、いじめを耐え続けてついに卒業しました。卒業式の時に、先生に「お疲れ様。」と言われました。まるでドラマの撮影を終えた女優が監督に言われるかのような、そんな「お疲れ様」にある種の違和感を感じました。「お疲れ様?この先の大学でもいじめを受けるかもしれないのに、お疲れ様?」と自分でもよくわからない違和感でした。自分の考えすぎだと思い、それ以上その言葉について考えるのはやめました。ただ、この時の違和感は正解だったのかもしれません。先生ほんとにありがとうございました。「お疲れ様」と言ってくれて。  大学に入ってからわたしは高校で3年間一緒のクラスだったルミちゃんと同じ学部に通っていたことがわかりました。ルミちゃんは直接的にいじめはしてこなかったものの、いつも傍観者でした。助けにも来ないし、いじめても来ない。いい意味でも、悪い意味でも傍観者でした。大学に通い出して1ヶ月経った時ルミちゃんに話がしたいと言われ、2人でカフェに行きました。「雪ちゃん。ほんとにごめん。なにもしてあげられなくて…。いつもいつもみてばっかりで、助けに行こうと思ったけど、自分もいじめられるんじゃないかって。怖かったの。」ルミちゃんからまず謝罪をされました。わたしは、ルミちゃんのことを憎んでたわけではありませんでした。私も同じ立場だったら、同じことをすると思いました。「いいよ。私も同じ立場だったら同じことをすると思うし。」「ほんとにありがとう。」「うん。」ルミちゃんはホッとしたような顔をしました。ただ、何かまだスッキリしていないような、そんな雰囲気を出していました。「雪ちゃん。実はまだ話したいことがあるの。こっちの方が本題なの。」「なに?」ルミちゃんは真剣な顔つきに変わりました。そして、私の手を握り話しはじめました。あの事件の真実を。  「高校一年の夏。ゆきちゃんのご両親のことが黒板にいっぱい書かれていた事件のこと覚えてる?」「当たり前でしょ。」忘れられるわけがない。あの事件の話はもうしたくない。そう言おうとした時、「あの事件。不思議に思わなかった?」「え?」「誰が黒板に書いたの?って。」たしかに、考えたこともありませんでした。日々いじめを受けるなかで誰がやったのかなど考える暇もありまけんでした。「私知ってる。誰が書いたのか。」「え?」なんでいままで黙ってたの?そう思いました。ただ、さっきも書いたように彼女は傍観者でした。彼女には勇気がなかったんです。それを責めるつもりはありません。「雪ちゃん驚かないでね。あれを書いたのは…」「木村先生なの。」  「え?」私は何か言葉を話す余裕がありませんでした。突然、あの事件の話をしたかと思えば、真犯人を知っていると言いだし、さらにはその犯人があの木村先生だと言いだしたのです。私の大好きな、私の唯一の味方だった木村先生。「そんなわけないでしょ。私を傷つけにきたの?もうやめて。もう嫌なの。もう悲しみたくない。」もうなにも失いたくなかったのです。木村先生がそんなことをするはずがない。しかし、ルミちゃんに真犯人が木村先生だと言われた時、私の頭の中で全ての疑問が解決したような気がしました。クラスメートの中に、私の両親の個人情報を知り得る人はいない、お店に来た人もいない。木村先生なら、私の両親の個人情報は入学時に提出した書類で知ることができるし、家庭訪問の時にお店で夕食を食べていた。まさか。ありえない。しかし、全ての事実が真犯人が木村先生であると物語っていたのです。「雪ちゃん。私みたの、あの日たまたま吹奏楽の朝練で学校に早く行っていた。前日の練習でクラスに楽譜を忘れていたから取りに行ったら木村先生が書いてたの。黒板に、知らない人の名前を。」「私がノックをして教室に入ろうとしたら、先生は焦ってチョークを落としていた。『おはよう』なんて言ってごまかしてたけど、丸山って苗字の人の名前を書いていた。」「楽譜を取って、朝練に戻ったけど、終わった後教室に戻ったら、黒板に書いてあった。そこからはわかるよね」 わたしは泣き出してしまいました。3歳児の頃のように、声をあげて。なんで。どうして。木村先生どうしてなの。「ほんとにごめん。いままで言えなくて。ほんとに…ほんとにごめん。」ルミちゃんも泣いていました。私はただ一言「ありがとう」と言って、店を出ました。なにに対しての感謝なのかわかりません、勇気を出して真実を伝えてくれたルミちゃんへの感謝なのか、真犯人がわかっての安堵の感謝なのか。その時、ふと思い浮かんだのは先生のあの言葉です。「きっと大丈夫。」その時、私の先生への好意は、憎悪に変わりました。よく言いますよね。ある人に依存すればするほど、その人に裏切られたと感じた時、その時の感情は憎悪に変わりやすいと。全くその通りでした。私の唯一の味方だった木村先生は、私の両親の夢を壊し、私の家族を壊した人間のクズだったんですから。先生への気持ちが憎悪に変わった時、私は何故か笑っていました。こんな感情久しぶりだと、懐かしさを覚えたのかもしれません。その日の天気予報は雨のち晴れでしたが、天気キャスターが予想したのは天気だけじゃなかったのかもしれません。先生ありがとうございました。私の家族を壊してくれて。  私は先生がなぜあんなことをしたのか一晩中考えていました。そして、先生が一年生の始業式の時に言っていたあることを思い出しました。「俺は、生徒のことを第一に考えて行動することを約束する。なんかあったらすぐ駆けつけるから、なんでも言ってくれ。」 これを初めて聞いた時、暑苦しいな。金八先生でも目指してるかな。と思いましたが、その通りだったんですね。先生は3年B組のような毎日なんかしらの事件が起きていて、そしてそれを解決するために走り回る教師。そんな学校生活を夢見ていたんですよね。ただ、そんなの所詮想像だった。現実はそんなこともない。ただ、いじめが一件起きてるだけ。先生にとっては足りなかったんですよね。刺激が。興奮がなかったんですよね。だから、起こしたんですよね。あんな事件を。自分の欲を満たすために。いや、あの事件だけじゃないかもしれない。高校生活が始まった頃は私にも友達がいました。平和なクラスでした。しかし、ある日突然私がイタズラをされるようになりました。関わりもない男子がそんなことをするはずもないし、新しく友達もそんなことするわけがない。友達が私を離れて行ったのは、誰かにいたずらをされてからでした。いじめが起こるきっかけを作ったのも先生なんですね。そんなに刺激が欲しかったんだ。わたしは一晩中考えるうちに、ある考えに至りました。「じゃあ刺激を与えればいいじゃん。」と。 先生ありがとうございます。私の大好きだった先生の欲を満たす役割を与えてくれて。  早速わたしはSNSに投稿を始めました。先生の個人情報から。私は先生と仲が良かったので、生年月日も知っていましたし、年賀状も送っていたので住所も知っていました。個人情報を載せた次は顔写真を載せました。卒業式に撮った2人の写真。先生の顔だけくり抜いて載せました。そして、その次にあることないことなんでも書きました。「性犯罪を犯した経験がある教師だ。」「生徒に手を出している」とか、他にもたくさん。そして、私の高校の生徒たちにみられるようにハッシュタグもつけました。そしたらすぐに広まりましたね。先生はデマだって、言ってたみたいですね。そして一年半は頑張って教師を続けた。もう社会的には死んでいたのに。だけど、もう辞められるそうですね。ぜひ私にも言わせてください「お疲れ様。」 先生が求めてた刺激受けられましたか?私、ちゃんと与えることできました?先生ありがとうございました。私の先生でいてくれて。私を強い人間に育ててくれて。そして最後に言わせてください。「きっと大丈夫、そして安らかに死んでください」 敬具 丸山雪より    
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