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いい加減、諦めてくれたと思われる。何者かは分からず仕舞いだけど。
この家の出入り口は正面の玄関だけであり、他に裏口は存在しない。
鉄格子に嵌め殺しの窓が、こうなると力強い。扉さえ見守れば、知らぬ間に入ってこられたりはしまい。
少し落ち着けば、薪を持つ自分に苦く笑う。これで暴漢を殴れたら苦労は無い。
薪を暖炉へ投げ入れ、替わりに火掻きを手に取った。
暖炉内の灰を端に集め、葉っぱを数枚投入する。
縁がトゲだった葉は、何の木だったろう。クリスマスによく見る葉っぱだけど。
椅子を玄関へ向け直し、浅く腰を下ろす。
燃える薪がたまにパチンと鳴る以外は、コーコーと虚ろな風音がするくらいだ。
外は荒れてきたらしい。風がまるで獣の遠吠えのよう。
……獣?
耳を澄ませて、さらに微かな音を拾う。
繰り返される低音は、やはり生き物の唸りに似ていた。そこへ時折、高い軋み声が混じる。こちらは喩えるなら悲鳴といったところ。
そんな遠くから聞こえるあれこれへ、明瞭な声が被さった。
「入れてください」
バネ仕掛けの如く、椅子から跳ね立つ。
こちらは断じて幻聴でも、聞き間違いでもない。玄関の前には何者かがいる。
ドゴンッ。
一際大きな扉を叩く音に、今度は短い悲鳴が口を突いた。
どうすればいい? 逃げ場所なんて無いのに!
辛うじて保っている理性が、夕刻に教えられた忠告を思い出させる。
“火を絶やすな。葉を燃やせ”
平時なら鼻で笑ったことだろうが、ただ扉を叩かれ続けるよりは手を動かしていたい。
ともかく薪を燃やし、葉を燻した。
縋るような願いが通じたのか、火勢が増すと音が止むように思う。葉から立つ煙が消えると、図ったようにノックが再開した。
火掻き棒で灰を掻き出してスペースを作り、新たな薪を暖炉へ突っ込む。
灰の処分はあとでいい。それよりもと、両手で葉を掬って暖炉の中へ投げ入れた。
本当に炎が侵入者避けになるのか、確かめる方法は無い。試しに火を消してみるわけにもいくまい。
柊――そんな名だったと思い出した葉は効果があると感じられる。それが一番重要だ。
ハイペースで使かったため、籠にあった柊の葉はみるみる量を減らしていく。
こうなると読書をする余裕など無くなり、地面に捨て置かれた本の表紙が恨みがましく炎を反射した。
人間とは強いもので、同じ作業を繰り返すと次第に感覚が麻痺してきた。
午前0時過ぎ、乱暴なノックに一々肩をビクつかせることは無くなる。
もうやめてと頭の中で喚きながら、何時間こうやって火の世話をしたことやら。
どうにか朝まで我慢すればいい。日が昇ったら山を下りよう。老人が何者で、外に何がいるかなんて知ったことか。
黙々と作業に勤しんで五時間近くが経っても、目は冴えていた。体力、気力はまだ大丈夫だ。
この時、遥か遠くから甲高い鳴き声が轟いた。終了を告げる鬨の声のようでもあり、ここから何かが始まる合図にも思える。
これで終わってほしいと、赤々と燃える炎へ懸命に祈った。
身動ぎもせず二十分は過ごしたのち、やっと深く息を吐き出した。
緊張が緩んだことで指の痛みに気づき、瞼の腫れを自覚する。
玄関はその後、午前六時まで静けさを保った。
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