入れてください

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◇  いつ下山すべきだろう。契約では老人を待つ手筈だったが、報酬は後日でも構わなかった。  もうこんな山、さっさと立ち去りたい。もう務めは存分に果たしたし、予定を少々早めても不都合は無いのでは。  闇を払う朝が待ち遠しい。  午前六時十二分。  こんなことなら日の出の時間を調べておくんだった。  居間の窓から外を覗けるかと、上がり口でスニーカーを脱ぎかけた時である。  悪夢の再来が、扉を強く打ち据えた。 「また……!」  まだ終わっていない。  両耳を押さえ、その場にしゃがみ込んでノックの連打に耐える。 「入れてください」 「いやっ!」  柊を、葉っぱを焚かないと。  暖炉へ取って返して葉の束を掴み、炎へ目掛けて投げた。  柊は残り少なくなっていたものの、夜明けも近い。  あと三十分? 一時間?  柊の効き目は薄く、それどころかノックの間隔が狭まっていった。  ドンドンと太鼓でリズムを取るように、連続して打撃音が鳴る。 「なんでよ!?」  籠に手を入れ、葉を掴めるだけ掴んだ。  炎に突っ込んだ葉が、白煙を揺蕩(たゆた)せて燃え上がる。  鼻をつく臭いは、今までで一番きつい。煙は目に見えて土間中へ広がり、刺激に耐え兼ねて顔をしかめた。  ありったけを投入した柊は、確かに効果を発揮する。  一時(いっとき)、土間は静謐さを取り戻したかに見えた。しかしながら、それも束の間のことで、一分と経たずに音が(よみがえ)る。 「どうして効かないの!」  籠にはもう、僅かな葉が編み目に絡むのみ。私はその籠を拾い、憎々しげに暖炉へ投げつけた。  積み上げた灰の山が崩れ、白煙となって舞う。  灰を吸い込んだ私は、咳き込みながら後ろへ下がった。 「ひっ!」  土間の空気を震わせるような大音量が、鼓膜をつんざいた。  最早ノックとは言えまい。拳で叩いたとも思えない。爆発の如く、再び扉から重低音が響き渡る。  扉枠が軋みを上げ、閂がガタガタと身をよじらせた。  体ごと……、体当たりで戸を破ろうとしている!  三度、四度と衝撃が繰り返された。  一回ごとの間隔はノックの時よりも長く伸びたが、その威圧感は先までの比ではない。  足が小刻みに震えるのを、腿を叩いて強引に止める。  こんなの寒くて震えているだけ。 「寒いだけよっ!」  残り一時間、何が何でも切り抜けてやる。  半分ほどに燃え崩れた籠を掻き出し、炎へ薪を追加した。  作業の間にも、扉が放つ爆鳴が鼓膜を突く。  太い閂だから持ち堪えられる、そう信じようとしても、打ち上げ花火のような音に不安が募った。    扉が激しくガタつく。激し過ぎて、違和感を覚えた。  閂が私を守ってくれるのだと信じたいが、体当たりの強さに不安が払拭できない。  本当に大丈夫なのか、目で見て確認すべきだ。放置していて手遅れになれば、一巻の終わりではないか。  のろのろと通路を進み、扉へと間合いを詰める。  またもや衝撃が扉を襲う。(わめ)きそうになるのを我慢して、必死に扉や閂を見回した。  木屑か(ほこり)か知らないが、細かな粉が冷気と共に顔へ吹き付ける。  異常は無さそうなのに、扉の縁に極僅かな隙間が生まれていた。  横に渡した棒は、綺麗な直線を描く。なら、なぜ?  さらに一歩、前へ踏み出す。  左右に視線を動かし、閂を目で追った私は、あんまりな事実を知り硬直した。
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