入れてください

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 最悪だ。枠も横棒も衝撃に耐えたが、閂を固定する金具が緩んでいる。  扉枠の外側に左右一対、扉自体にも二つ黒い金具が取り付けてあった。横棒はこの金具へ上から嵌める仕組みだ。  ネジ留めされていた外側の金具が二つとも、今は壁から浮いている。  いくら木材が頑丈でも、金具が外れたら扉は開く。  ネジを抜かせてはならない、その一心で私は扉へ駆け寄った。  左肩から戸板へくっつき、足を開いて踏みしばる。すぐさま強烈な圧力が扉を叩き、私は地面へ跳ね返された。  バランスを崩して尻餅をつきながらも、ここで諦めたらお終いだと心が叫ぶ。  より前傾した姿勢になり、閂を前へ懸命に押した。  衝撃はしつこく、十回どころか二十回以上も繰り返される。押し合いの度に私の体力は削られていき、最後は仰向けに打ち倒された。 「ああ……」  閂の落下する重い響きは、死刑宣告のようだ。金具は役割を放棄し、扉がゆっくりと開く。  隙間から覗く暗い雪景色に、心根まで冷やされた。 「入れてください」  囁く声を聞くや否や、必死に立ち上がった私は、中へと一目散に走る。  その足首を、冷気が掴んだ。激痛が走り、つんのめって顔から地面へと叩きつけられた。  何をされた?  立ち上がろうとした途端、左足の痛みにまた崩れ落ちる。  分からない……分からないけど、逃げないと!  膝で這って、無我夢中で奥へ進んだ。土間から暖炉の前へ、そこに転がる火掻き棒を握って振り返る。  膝で立ち、火掻き棒を玄関へ向けてはみたが、棒の先が揺れて定まらない。  荒く、短く息を吐き、中へ入ってくるだろう何かへ身構えた。  脈を打つ胸が、左足と同じくらいに限界を訴える。  内へ向けていくらか開いた扉は、半分ほどでピタリと静止した。  こんなに長く気を張ったのは、生まれて初めてだ。上手く息が続かず、酸素を求めて喉をひくつかせた。  ただただ時間が経つのを、朝が来るのを待ち望む。  光がきっと悪夢を打ち払ってくれる――そうでしょ!  時刻を確かめたのは、この体勢を十分は続けた後だった。  一瞬だけ手元へ目線を下げ、六時四十七分だと知る。  底冷えた空気が家の内部に充溢(じゅういつ)していく中、私の首はぐっしょりと汗ばんでいた。  灰色の雪が輝くのを見逃すまいと、一心に外を眺めた。  扉は動かず、音も無く、痛みと緊張に耐えるだけの十三分。  もう一生、山には登らないと心に誓う。だからもう許して。  午前七時、刻限が訪れる。  十分に明るいとは言い難い。それでも遠くの木立が判別できるほどに白む。  タイムアップ――そう、私は耐え切った。化け物が襲ってこなかったのは、つまりそういうことだろう。そうに違いあるまい。  火掻きを頼りに、私はよろよろと立った。  片足を引きずり壁にしなだれかかって、もっと外がよく見える位置まで通路を進む。  閂が転がる位置まで来た私は、火掻きを引っ掛けて扉を少しだけ手前に引いた。  家の前は一面の雪化粧を施され、真っ白な平面に足跡だけが在る。  奥の林から家まで、一直線に伸びる凹みの列以外には、何も存在しなかった。  雪に吸い込まれて、風音すら無い静粛さだ。 「助かった……」  手の力を抜くと、落ちた火掻きが騒々しく地面で跳ね転がる。  傷ついた左足を(かば)いながら、私は冷えた土間へと帰っていった。
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