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1.3月15日 ―逃亡―
『―――明日の予報です。東雲地方は朝まで雨が続きます。お出かけの際は傘が必要です―――』
点けっ放しのテレビでは天気予報が流れている。各地の予報を伝える気象予報士の淡々とした声は一言一言が実体を持って浮かんでいるかのようにホテルの部屋によく響いていた。
ベッドの上には行為を終えたばかりでまだ息の荒い恋人が横たわっている。
細い体を快楽の余韻に震わせて、ネズはぼんやりと虚空を見つめていた。
その無防備な姿に彼はまだ子どもなのだということを思い知らされる。
ネズと一緒に暮らすようになって四年が経った。私と彼は親子ほど歳が離れている。
月日というのは不思議なもので、同じ時間を過ごすうちに歳の差など全く気にならなくなってくる。同じ志を抱く者同士では尚の事だ。
お互いに言葉を交わさずとも、何を欲しているのかが分かり合えるようになり、ネズとはもう何十年も前から一緒に暮らしていたのではないかと思う時がある。
しかし、時折、日常のふとした瞬間で、彼が見せるあどけなさにどきりとさせられる。ちょうど今、果てた彼を見たときに感じたように―。
その度に後ろめたさと同時に背徳的な悦びが背筋をはしった。
明日が雨だということは彼の耳にはまだ、届いていないだろう。
まだ息を切らしているネズに休まないか声をかけようと思った時、不意にネズが体を起こして私の胸にもたれかかってくる。
「―――旦那。」
吐息混じりに私を呼んで、潤んだ瞳で見つめられる。
「―――すき、大好き・・・・・・大好きだよォ。」
この子はいつも全身で感情を表現する。
嬉しい時も、悲しい時も、怒っている時も、心の動きと体が直結している。
私は彼のそんなところが好きだった。
譫言のように繰り返し言葉を紡いだ唇を塞ぐ。正直な恋人は腕の中で小さく喘いだ。
「19時のニュースです。サユリ町射水地区で今日未明住宅火災が発生しました。警察魔術科は火元の状況から魔術師による犯行と見て捜査を続けています―――」
抱き寄せた体からはまだ煙の臭いがした。その皮膚に残った罪の臭いが愛おしくて、湿った髪に顔を埋める。
世界の終わりはこんなふうに迎えたいな。
ふと、そう思った。
窓の向こうから雨の音がする。
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