嘘とエッセイ#3『シークレットトラック』

1/7
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
 CDを発売していない歌手が、紅白歌合戦に出場するようになった。Tiktokで多用され、ミュージックビデオの再生回数は一億回を超えている。日本人なら一人一回は見ている計算だ。  再生回数が三桁に乗れば万々歳というYoutuberが大半を占めるこの国で、誰もが見ている動画がどれだけあるか。辺境の辺境にいる私のような人間には異次元の話すぎて、もはや羨望すら湧かない。  そもそも、こんな塵芥みたいな文章を書いておいてなんだが、小説よりも音楽の方が、心理的ハードルが低いのは確かだ。  目で追わないと内容が入ってこない小説に対し、音楽は再生ボタンを押しさえすれば、勝手に耳に流れ込んでくれる。機械の故障がない限りは。  クラシックならともかく、JーPOPなら長くても六分。大体の短編よりも、早く終わる。  それに何より、別の用事を行いながら聴くことができる。皿を洗いながら、掃除機をかけながら、車窓をぼんやり眺めながら。  小説はその点、一度読み始めれば目と頭が占有されてしまう。紙の本でも電子書籍でもいい。活字を読みながら、皿を洗える人間がいるだろうか。掃除機をかけられる人間がいるだろうか。  目が三つあれば可能かもしれないけれど、それはもはや人間ではない。天津飯だ。ドラゴンボールの。天津飯が人間なのかという議論は別に譲るとして、少なくとも私たちは活字を追いながら、何かをすることはできない。  そうだ。私も音楽をやろう。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!