この人生から逃げたい! いっそ死にたい! と思ったときに、あやしい取引を持ち掛けられた件

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「取引?」 「そう。あなたに、私を譲ります。あなたは、今の地位を捨てて、そうねえ、遺書でも書いて、どこかで身投げをして行方不明になる。それから、私に成り代わって生きるの」 「はあ?」  ばかばかしい、そう言って軽くあしらおうとしたけれど、 「逃げ出したいんでしょ? この世界から」  そう言われて、思わず足を止めてしまった。 「どういう意味?」 「…ここじゃあ、誰かに聞かれてしまうかもしれません。よかったら、部屋に入れてもらえません?」  それが、目的? あやしすぎる、そう思ったのに。普段なら、絶対にこんな話に乗ったりしないのに。でも、その日の私は本当に本当に、限界まで疲れ切っていたから。 「…いいわ。行きましょ?」  そう言って、先に立ってエレベーターに乗り込んだ。         ***  そして部屋の中。セキュリティシステムを切って、女に向き合った。 「というか、ロビーには防犯カメラがあるし、秘密裏にって難しいわ。もしもあなたの提案どおりに私が“自殺”でもしたら、多分、調査が入るでしょうね。ロビーにいたあやしい女の存在も、明るみに出て調べられるわよ?」  あやしい女、と言いながら、指を彼女に突き付ける。強気に出たつもりが、鼻で笑われた。 「想定済みですよ、もちろん」 「想定済み?」 「そう、あの防犯カメラ、事前にハッキングしておいたの。調べても、1週間前のあなたが映っている映像が、そのまま今日の映像として流れるだけ」 「…」  ますます訳が分からない。何なの、この女? だけど、ここまで来たらもう引き下がれない。そんな気分になって、じゃあ、話を聞かせてもらいましょうか。そう(うそぶ)いた。 「私からあなたへ代るって、どういうこと? もしも実現したら、あなたは、どうなっちゃうの?」 「死にます」 「え?」  あっさりと言われて、鼻白む。私の代りに、自殺でもするつもり? 「余命半年と、宣告されました。放っておいても、早晩死ぬことになります」  他人事のように言うのを眼を剥いて聞いていると、彼女はふと顔を曇らせ、ふう、とため息を吐いた。 「もちろん、死にたくて死ぬわけじゃないわ。できれば、生きていたい。やらなければならない役割もあるし」 「役割?」 「そう、役割。私は大きな舞台の登場人物の一人で、私がその役をこなせないとお芝居全体がストップしてしまう。お芝居はもう何十年も続いているから、ここで止めるわけにはいかないの。私の出番は、あと3年で終わる。それまで生きて、役割を果たしたかったけれど」 「何十年も続く、お芝居? なにそれ? 私に、代役をしろってこと?」 「ん。半分、正解」  女はそう言って、くすりと笑った。美しい、笑い顔。目が離せない。 「私とあなたなら、メイクだけで充分、入れ替われるでしょ。だから、あなたに、私の人生を譲る。あなたが、ここから逃げ出すためにね。でも、それには条件があるの。これを」  そう言って、何かを差し出した。指先ほどの小さな…チップ?
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