この人生から逃げたい! いっそ死にたい! と思ったときに、あやしい取引を持ち掛けられた件

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 そう、それは、最近流行りの、体内に埋め込む人工メモリ。この画期的な発明により、人類は、何かを暗記する必要性からほぼ解放された。大抵のことは、体内の外部メモリにダウンロードした情報を直接引き出せば事足りる。 「これ…」  それだけ言って、絶句した。もしかして、これは―。 「そう。ここに、私の全記憶情報が入っている。それだけじゃない、ちょっと特殊な細工もしてあってね。あなたがこれを体内に埋め込むと、“私”は、“あなた”として行動することができる」 「私の体を、乗っ取ろうって言うの!?」  思わず語気が荒くなったけど、女は全く意に介さなかった。 「ま、ときどきね。言ったでしょ? あと3年、大きな”お芝居”での私の役割を終わらせることが、私にとっては何より重要なの。そのために、必要な時にだけ、体を使わせてもらいたい。でも、それが果たせたら、その後は、この体は、人生は、100%あなたのものよ。どう?」 「どう、って…」  荒唐無稽すぎる話に、どこからどう突っ込んでいいのかわからない。 「確かに、すぐに納得できるような話じゃないわよね。でも、少なくとも、あなたは他人である私として生きることで、今の境遇から完全に抜け出せるわ。それだけでも、やってみる価値はあると思わない?」  申し訳ないけれど、でも、もう時間が無いの。そう決断を迫る声が、脳に不思議と甘く響く。もう一人の自分が、囁いてくる。 『いいじゃない、やってみれば。どのみち、このままだと、そう遠くないいつか、あなたは、発作的に死を選ぶ確率が高いわ。だったら、結果がどうなろうと、この話に乗ってみるのも、悪くないはずよ?―』  そうなの? そうかも。いえ、きっとそう―。  思考がぐらぐらと揺れて、眩暈がする。ああもう、考えられない。わからない。ならば。  溜息1つ。そして私は、見知らぬ女、 “私”になれと(そそのか)す女が差し出すチップに、ゆっくりと手を伸ばした。 「…わかった。いいわ。私は、代わる。私から、あなたへ―」 FiN
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