残された歌

3/5
前へ
/5ページ
次へ
 家にネット環境はなかったから、昼休みに100円ショップでイヤホンを買い、業務を終えた後に会社でもう一度開いてみた。  開いた動画に画像はなく、心地良い歌が耳に聞こえてきた。  妻の声に似ている。妻は友達とよくカラオケに行っていたようで、歌が好きだった。チャンネルの名前がユミコとなっているのに気付き、やはりと確信した。  一体いつの間にこんなものを作っていたのだろう。  よく耳に響く透き通った声にだんだん魅了された。歌詞のほとんどは英語で、何を歌っているのかはわからなかった。  その中の1つ、「あなたへ」というタイトルの動画を再生してみた。これは何故か日本語の歌詞だ。  突如、歌詞の内容がするりと頭の中に入ってきた。 「どうか悲しまないで。私は幸せだった」 「20年間一緒にいてくれてありがとう」  ふと涙がこぼれ落ちてきた。あなたへとは僕のことだったのか。  妻はどんな思いでこの歌を歌っていたのだろう。もっと早く妻の声に耳をかたむけていたら。押し寄せる後悔と悲しみで涙が止まらなかった。  しばらくしてここが会社だと気付き、恥ずかしくなった。残業している社員もいる中、泣きはらした顔は見られたくない。  社員と顔を合わせないようにそそくさと会社を出た。  会社ではもう聞けない。  いい加減スマホに買い換えようと決意した。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加