ノウヒン

3/11
前へ
/125ページ
次へ
僕は大学に通うために福島から神奈川に出て来て、茅ヶ崎駅の近くに部屋を借りた。大学は藤沢にあり、電車でも自転車でも30分くらいで通えた。大学ではエレクトロニクスを学んだ。卒業して就職してからもそのまま茅ヶ崎に住み続けている。 勤めて2年目の職場は海老名にあり、ここから40分もかからない。別に会社に行かなくても仕事は出来るのだが、自宅に居ると集中というか切り替えが出来ないので、僕はとりあえず毎日出勤することにしている。 実家は福島県の中通りで海からは遠い内陸だ。茅ヶ崎の街並みは海に近く、どこかリラックスした雰囲気があり気に入っている。そののんびりした感じは田舎とは違う、カッコ良くて余裕がある佇まい。僕はマリンスポーツを楽しむようなタイプとは真逆だが、そういう街並みが好きだ。 ようやくインターホンのチャイムが鳴った。時計を見るともう11時45分だった。 「こんにちは。THIから来ました」 モニターの中に待ち焦がれていた彼女が映っていた。THIとはアンドロイドの製造メーカーだ。逸る気持ちを抑えてドアを開けると、そこには理想の女性がいた。彼女は一人だった。配送業者みたいな人は居ない。 「ユウトさんですね?はじめまして、かなたです。よろしくお願いします」 「よろしくお願いします・・・」 彼女にはかなたという名前をつけた。ランダム候補の中から響きが良いので気に入って選んだ。彼女は想像していたより人間に近い。というか、どう見ても人間にしか見えない。すらっとした美人で、僕から見れば手の届かないような上品な大人の女性だが、どこか可愛く愛嬌のある優しい顔立ちをしている。しばらく見とれてしまった。 「あ、中入って下さい」 「失礼します」 彼女は狭い玄関の中に入ってドアを閉めた。彼女には今日から一週間、敬語で話してもらうように設定してある。とりあえず初めのうちはよそよそしさを楽しむという、我ながら気持ち悪い理由からだ。年上設定なので僕の方は自然に敬語で話せるような気がする。その後解除してタメ口で普通に会話するようになったら、より距離が縮まったように感じるだろう。 「下までトラックか何かに乗って来たんですか?」 「いいえ。相模原の倉庫から歩きと電車で来ました。配送するよりコストがかからず、試運転も兼ねているそうです」
/125ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加