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「久しぶりに望が弓道やってる姿見たくなったの。で、どうせなら一緒に帰ろうと思って」
「それでわざわざ来たのか」
灯の学校はここからバスで二十分のところだ。
それなりの距離を、普通に帰るより遠回りして来てくれた事になる。
それで、あることに気がついた。
「……練習なんていつでも見られるのに物好きだなぁ。ここまで来るの大変だったろ?」
僕が労いの言葉を掛けると、灯はふふん、と何故か得意げに笑う。
「もう望ってば、普段はほわ〜っとしてるくせに弓を持つと人が変わったように凛々しくなるよね。まあ、そういうトコが良いんだけど。今からでも現役でいけるんじゃない?」
「ううん。中るまでたくさん外しちゃったよ。――やっぱりちゃんと部員でやってた頃と違うね。毎日練習してないとどうしても感覚が鈍るから」
ふーん、と頷く灯に、僕は先程気が付いたことを尋ねる。
「灯……もしかして、お母さんから僕のこと何か言われて来たんじゃないの?」
「あらバレた?」
灯はさして動じることもなく(彼女が本気で動じることなんて、今までの人生で数える程しか見たことはないが)悪戯っぽい笑みを浮かべて返してきた。
「まぁいっか、話しても。最近またお母さんに言われたの。『望君がまた倒れたら心配だから、灯ちゃんお願いね〜』って」
お母さん……。
なんとも大雑把な頼みだ。天然の母らしい。
だけど心配されるのも無理はないから、とりあえず黙っとく。
「でも望の凛々しい練習姿が見たかったのは本当よ?」
「ふふっ、もういいよ。そっか…。じゃあ今日は早めに切り上げて一緒に帰ろうか?」
「うん」
灯が帰る前にもう少しだけ見たいというので、もう三、四本くらい矢を射ってから帰り支度を始めた。
道具の後片付けや、道場の簡単な清掃と着替えをする。
最後に道場を後にする頃には、外はすっかり日が落ちかけていた。
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