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お誕生日おめでとう、ゆうくん。
こんな形でのお祝いしかできなくてごめんね。
お手紙はあまり慣れてないから、読みにくいところもあるかもしれないけど許してほしいな。
一緒にプレゼントしたものは届いてるかな?
一生ものだと思うから大切にしてほしい。
ゆうくんは今日で三十歳だったよね。
カッコいい大人の男性になっているんだろうなって想像しています。
あなたはわたしと付き合っていたころからずっとイケメンで、わたしにはもったいないような彼氏でした。
今はもう会えないけれど、わたしはいつまでもあなたのことを想っています。
ゆうくんと初めて会ったときのことを書かせてください。
あの日、急に大雨が降り出してしまってわたしは慌てて閉店した店の軒先で雨宿りをしていたんだよね。
土砂降りの雨が足元に強く叩きつけてきて、靴はびしょびしょだったのを覚えてる。
傘も持ってなかったし、雨が止むまで待つしかないかって思ってたとき、スーツ姿の男性が鞄を頭の上に乗せて走ってきたの。
それがゆうくんだった。
ビショビショになりながら軒先に入ってきて「すごい雨ですね」って少し笑ったあなたの顔がとてもカッコよくて。
たぶんわたしは初めて会ったときからあなたに恋をしていたんだと思う。
ずっと胸が高鳴っていて、このまま雨が止まなければいいのになって考えてた。
今思い返すと、ドラマみたいなあの出会いは運命だったのかもしれないね。
軒先からの出会いが恋に発展するのは早くて、わたしたちはそのあと何度も食事に出かけたよね。わたしがゆうくんのことを好きだってあなたは知ってたはずなのになかなか言葉にしてくれなくて、結局自分から告白したんだよ。ほんとにズルい男だなって思った(笑)
ゆうくんはあまりどこかに出かけるのが好きじゃないから、デートを計画するのはいつもわたしの方だったね。
めんどくさそうにしながらも、ちゃんと連れてってくれるところがわたしは好きでした。
わたしが占いとかスピリチュアルなことに興味があって、よく当たるっていう占い師さんに見てもらったの覚えてる?
「占いとかあんまり信じないんだよなオレ」って言いながらも、ちゃんと言い当てられたときのゆうくんの驚いた顔は今思い出しても笑っちゃうな(笑)
ゆうくんが初めてわたしの部屋に遊びに来たときのことはすごく印象に残ってる。
ソファに座って映画を見てただけだったのに、わたしは隣に座るゆうくんのことばかり気になって、全然映画の内容が頭に入ってこなかったんだよ。
映画の途中で、唐突にわたしの肩を持ってキスされたときはもう心臓が破裂しちゃうんじゃないかって思った。
「お前っていつも前髪を下ろしているよな。なんで?」ってわたしを見つめてそう聞いてきたよね。
わたしは前髪の生え際のところにホクロが二つあって、小さい頃にそのことをからかわれてからずっと隠してた。
大人になってからもなぜかそれがコンプレックスに感じてて。
わたしがそう言うとあなたは優しく前髪を上げて「ほんとだ。可愛いじゃん」って言ってくれたよね。
あれすごく嬉しくて泣きそうになってたんだよ、知ってた?
そうだ。嬉しいと言えば、わたしは笑うときにいつも両手で口元を隠すようにしながら笑う癖があったの。
自分の笑顔が好きじゃなくて。
だから、友だちと話してて笑いそうになると決まって顔を下に向けて手を添えるの。
それが普通だと思ってたし、わたしなんかの笑顔を人に向けるべきじゃないって考えてた。
だけど、ゆうくんはわたしに言ってくれたよね。
「お前は笑顔が可愛いんだから、手で隠したりすんなよな」って。
なんであなたはそうやってわたしが喜ぶようなことを簡単に言えるの?
いつもわたしは不思議に思っていました。
付き合い出して半年が経ったころかな、ゆうくんは会社の後輩の女の子とよく遊ぶようになってさ。
わたしに隠れてよくメールのやり取りをしてたんだよね。ごめんね、なんか蒸し返すようなこと書いちゃってるねわたし。
でも、ちゃんと伝えさせてほしい。
あのメールをわたしが見つけてしまったとき、泣きながらあなたに問い詰めた。
「いや、ただの後輩だから」ってあなたは言って全然気にするようなこともなかったけど、実際あれは浮気だったんだよね。
ゆうくんがイケメンでモテるのは知ってたし、女の子から人気があるのもわかってたんだけど、やっぱり悔しかった。
わたしはずっといつまでも、ゆうくんの一番の彼女でいたかったから。
結局、そのことは有耶無耶になっちゃってなにも変わらない毎日が続いていったんだけど、わたしの心の中にはいつまでもモヤモヤした気持ちが残り続けたの。
そんなときだった。
わたしのお腹に赤ちゃんができたのが。
なんでこんなタイミングなんだろうって神さまを恨んだよ。
だけど、生まれてくる子どもには罪はないよね。
ゆうくんも喜んでくれるだろうって思って、プレゼントを渡すみたいにあなたに電話で伝えた。
そしたらあなたは、「そっか」ってだけ言って、電話を切ったよね。
そのあと、「子どもは堕してくれよ。俺には関係ないから」っていうメールが来た。
すぐに何度も連絡したの気づいてたでしょ?
ブロックしてたの?
あなたの自宅には行ったことなかったし、職場の連絡先もわからなかったから、わたしはずっと一人で悩んでいたんだよ。
泣いて泣いて、悩んで悩んで。
結局、誰にも相談できずに一人で病院に行った。
宿った命を失った気持ち、あなたにわかる?
わかるはずないよね。
あなたはわたしをただのものとしてしか扱っていなかったから。
それでも、そんなことをされても、わたしはあなたを嫌いにはなれなかった。
周りの友達に何回も反対されたけど、わたしはゆうくんが好きだったから。
ごめんね。
迷惑だったよね、SNSを使ってあなたのことを探し出して自宅や職場を何度も訪れたこと。
ストーカーだって言われて警察も呼ばれちゃって。
ねぇゆうくん。
人が人を好きになることはいけないことなのかな。
わたしはあなたを愛しているの。ずっとずっと。
ゆうくんと別れてどれぐらいの月日が経ったのかわからないけど、あなたはその間に幸せを手に入れたみたいだね。
あのときの後輩の女の子。可愛い子だね。
子供も産まれて本当に幸せそうな写真を何枚も見たよ。
ゆうくん、知ってる?
人の想いってね、すごいんだよ。
命を賭けるほどの強い想いは、魂となって時空を越えるんだって。
たくさんの本を読んで、色々な先生たちから学んだ答えがそれなの。
あなたと出会ってからのこの二年。
わたしにとってはかけがえのないものだった。
ゆうくん。
大好きだよ。
ずっと忘れないから。
七海より
二年前に自殺したあの女からの手紙だった。
遅く起きた朝、新聞を取りにポストを覗いたときに入っていたもので、それを持って何気なくリビングで読み始めたのが間違いだったのかもしれない。
妻は朝早く買い物に出かけたようで、リビングにいる娘は黙ってアニメを見ている。
侑斗は恐怖で足が震え、立っていられなくなった。
なぜ今ごろになってこんなものが。
あの女とは確かに初めのうちは交際をしていたのだが、半年もしないうちに別れた。
最初から都合の良い女としてしかみていなかったから、「子どもができた」と言われてもなにも思わなかった。自分には関係ないと。
そして、彼は一方的に連絡を絶った。
「お前刺されるぞ。その子がストーカーとかになってもしらねーぞ」
友人にはそう注意をされたが、「へいへい」と答えて聞き流していた。しかし彼女は立派にストーカーとなって侑斗をつけ回したのだ。
教えてはいなかったはずなのに、何度も自宅や職場を訪れてきた。
やめてくれ、と言っても聞き入れてはもらえず、何回も警察へ相談した。
自分がしたことを悔やむよりも、ただただあの女が怖かった。
笑いながらこちらを見るあの女の顔が夢に出たときは、恐怖で狂いそうだった。
精神的に追い込まれ、限界が近づいたころ、
彼女の行為がピタッと止んだ。やっと諦めたかと思った矢先、あの女は自宅で首を吊ったらしい。
残された日記には彼への想いや訳の分からない模様などがびっしりと綴られていたそうだが、そんなものは当然読む気にもならなかった。
ようやく訪れた平穏。彼はその後結婚をして子どもにも恵まれ、幸せを感じながら日々を送っていた。
そう思っていたはずなのに。
侑斗が椅子に座り頭を抱えていると、言葉を覚えたばかりの娘が覚束ない足取りで彼の元へとやってきた。アニメを見飽きたらしい。
前髪をヘアピンでまとめて横に流すようにした髪型を妻にセットしてもらったようだ。
とても愛くるしい娘の頭を優しく撫でていると、自然と自分の気持ちが落ち着いていくのがわかる。
子どもへの愛情は恐怖をかき消す力があるようだ。
ふと、娘の顔を見た。するとある違和感が彼を襲った。
それは見たこともないような場所にあるホクロだった。
おでこの上の方、前髪の生え際に小さなホクロが二つ並んでいる。
「あれ、こんなところにホクロが二つある。前からあったっけ?」
彼がそう尋ねると娘は答えずに下を向いた。
「ん?どうした?」
侑斗の問いには返事をせず、彼女は両手を口元に添えるとゆっくりと顔を上げて嬉しそうに笑った。
その表情は娘のものではなかった。
見たこともない狂気的な顔付き。
いや、それはただ忘れていただけだったのかもしれない。
「ふふふ。うふふふふふ。あはははははははははははははははははは」
娘は狂ったように笑った。
そして、聞き覚えのある声ではっきりとこう言った。
「ゆうくん、お誕生日おめでとう。
わたしからあなたへのプレゼント。一生ものだから、大切にしてね」
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