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「いまだに、夢みたいだなぁって思うんだ」
「なにがですか?」
「半年前のあの日まで、まさか、千紗みたいな可愛い後輩の女の子から告白される日がくるなんて思いもしていなかったから」
冬の骨身に染み入る風が、並んで帰路につく僕らの間を通り抜ける。
千紗は吹奏楽部の後輩だ。ふわふわと波打つ栗色の髪、ブレザーの裾からのぞくほっそりとした白い手足。大きな瞳はきらきらとしている。こんなに小柄な身体なのに、部活中は懸命にチューバを吹いているところもすごくグッとくる。
千紗のチューバを背負っているのか背負われているのか倒錯させられる姿にときめいているのは、たぶん僕だけじゃない。彼女は誰もが認める可愛い女の子だ。彼氏になった贔屓目なしにそう思う。
だからこそ、疑問に思い続けていた。
千紗は、どうして僕みたいな冴えない眼鏡パーカッション男に告白したんだろうって。彼女ならイケメンとだって付き合えたはずなのに。
「今まで聞いたことなかったけど……そ、その……」
千紗は、僕のどういうところを良いなって思ってくれたの?
口にするあと一歩の勇気が持てず、言葉となる代わりに白い吐息となって消えていく。不甲斐なさに肩を落としていたら、彼女は僕を見上げながらなんともなしに言った。
「もしかして、わたしが先輩のどこを好きになったのかと聞きたかったんですか?」
魔法を使ったみたいにぴたりと言い当てられて、硬直してしまった。
千紗は、僕の返事を待たずして、そんなの当たり前じゃないですかと言わんばかりに自信満々の様子で答えた。
「それはもちろん、眼鏡が信じられないぐらい似合うところです」
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