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「藤林、どうす……」
「苗字で呼ぶな。早苗だ」
薄暗い社の中でも異様な藤林の視線の鋭さには気が付いた。殺気立った視線に怖気付きながらも静希は言い直し尋ねる。
「……早苗、どうすんだ?」
「どうもこうも、視るしかないだろ」
「そーそー。あんまのんびりしてる暇ねえぞー」
その時だった。威嚇するかのように静希の真横でドスンと重い何かを打ち付ける音がした。
「ほら、言わんこっちゃない。俺も怪我したくないんだけどー」
「一瞬だが視えた!祠の右上!」
声に従い静希も其方へ視線を滑らせる。確かに白い靄のようなものが一瞬蠢いた。姿を確認した途端、部屋の空気は更に重いものに変化した気がした。
じりっと額に脂汗が浮かぶが、静希の内心は冷静で先日の夏目からの助言を反復していた。
(視ようと思って眼を凝らす……そうしたら靄のようなものが……)
眉間に深い皺が刻まれ、視ることに集中する。
一時的に研ぎ澄まされている視界を様々な方向へと移す。
白い靄が視界の端に映る。そこは現在の夏目の立ち位置だ。
「夏目さん……!こっち!!」
口頭で伝えるのはもどかしく、自分の方へ夏目の腕を引っ張る。
体勢を崩し尻餅を付くが、その直後夏目のいた場所にどすっと白い靄が打ち付けられた。
「いってぇ……」
夏目は腰を摩り、立ち上がる。
「すみません」
「良い感じに眼はあったまってきたんだろうけど、これの目的は誰にも怪我をさせないじゃなくて、俺に目隠し着けた状態で霊を祓わせることだからな。そこ、履き違えんなよー」
「……夏目、術式使うぞ」
「ん?祓わねえなら別に良いけど」
藤林からの返事は無かった。その代わり歩みを進め静希、夏目、二人の前に立つ。
『幻影術 錯乱ー花ー』
社の古びた木床から湧き上がる泉の水のように、花が突如根を張り組織を増やしていく。美しい花々は心を浄化させ、恐ろしい霊と向き合っているということを忘れさせる。静希が近くにある花に手を伸ばすと、それは実物に触れることなく擦り抜ける。
「この花は私らからしたら幻影だ。彼方から此方の姿を見えにくくし、相手の隠蔽能力を下げる。これで同じ土俵に立った」
隠蔽能力を下げる。言葉の意味が解らなかった静希だが、暫くしその効果を理解した。カサカサと何かが当たる音がする。
動く度に霊の身体が花に当たるのか、それらは揺らめく。これである程度の位置は掴める。
だが、静希はそれにより違和感を覚えた。右奥、祠の周辺、左奥、音の聞こえる範囲が広範囲なのだ。墓地の霊も人間より大きかったが、音からすると今回のこれはそれとは比にならない。
その時、ピタリと音が止んだ。緩んでいた空気もきゅっと張り詰める。
息をするのが億劫になりながらも、眼を閉じ、聴力に意識を集中させる。
『眼を閉じるな。霊を視ろ』
ひゅっと喉が鳴り、咄嗟に右耳を掌で覆った。呼吸が乱れる。
(なんだ、この声……)
ズキズキと痛み始める脳に応じるよう、視界は澄み渡る。歯を食いしばり、この機会を利用し霊を探す。
「葛葉?」
藤林から投げかけられた声にも静希は気付いていない。次第に増す頭痛と視力を集中させることでそれどころではないのだ。
藤林は一抹の不安を宿す。それは視界を閉ざされた夏目も異様な空気を感じ取り、同じだった。
(みえた……)
社中央部の屋根。光の届き難いその場所に霊はいた。
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